「容器」に透ける、ドリンク商品開発の最前線
大ブレイクのスーパードライの「生ジョッキ缶」
アサヒビールの「スーパードライ 生ジョッキ缶」の売れ行きが絶好調のようです。
私も何度か飲んでみましたが、缶の上部が全開になって、まさにジョッキやグラスのように直接口をつけてゴクゴク飲めるのは面白い体験です。そして缶の内部に施された凸凹によって、泡がモコモコと立ち上がってくる様子は見た目も非常にユニークです。缶ビールにこういう細かい工夫を凝らすあたりは、いかにも日本らしいと言えるかもしれません。
ちなみに、アメリカ在住の知人とこの話をしていたところ、「日本人のビールの泡への執着はすごいね」と言っていました。確かに海外では、泡が多いとむしろ肝心のビールの量が少ないということで、クレームにすらなるのです。日本では大手メーカーがビールの泡の効用を語り、液体と泡の比率は7:3が理想と説明するなど、ある意味特殊な進化(?)をしてきたのです。
こちらの記事によれば、アサヒビールは次のような声に「生ジョッキ缶」の開発ヒントを感じ取ったそうです。
お客様に不満要素を聞いたところ「本当は家でお店のような生ビールが飲みたい」という声が多数ありました。
自宅で飲む缶ビールと、お店で飲むいわゆる「生ビール」とでは、多くの人が後者に魅力を感じているようですが、液体自体は実はまったく同じものです。すると、おいしく感じさせているのは、ビールサーバーに由来する「泡」の存在のせいなのかもしれません。
「お店のような生ビールを飲みたい」というニーズ自体はメーカーも古くから注目していて、懸賞のキャンペーンでは簡易的なビールサーバーをプレゼントすることがよくありました。そしてキリンビールが始めた、家庭で樽生ビールを楽しむ「ホームタップ」というサブスクリプションサービスは、それに本気で応えようとしたものです。
一方でアサヒビールの生ジョッキ缶は、生活者の「泡ニーズ」に対して、キリンとはまったく違うアプローチで応えようとしたという点が興味深いものです。ちなみに構想が生まれたのは2017年とのことですから、現実的に商品化するまでに相当のハードルがあったことが推察されます。
「サイズを変えてしまう」という意外な発想
飲み物の「容器」について、最近話題の別のケースも見てみましょう。
コカ・コーラがスーパーにおける主力商品をこれまでの500ミリリットルと1500ミリリットルから、350ミリリットルと700ミリリットルに切り替えたというものです。同社がユーザーのリサーチをしていくと、「自分がすぐ飲む」ために購入するコンビニとは違い、スーパーで買う場合には、「家に持ち帰ってシェアして飲む」という違いが明確にわかったそうです。
1回当たりに1人が飲む量はだいたい300ミリリットル程度が適量。「500ミリリットルは、スーパーのニーズに応えられていない。逆に言うとここにビジネスチャンスがあるのでは、ということが分かってきた」。
缶では定番の量である350ミリリットル。これをペットボトルに収めればいいのでは、という着想に至った。
一方で、500ミリリットルは2人でシェアするのにはやや少ないが、1.5リットルでは多すぎる。2人用として新たに作ったのが、その中間の700ミリリットルのペットボトルだ。
首都圏で1年間のテストマーケティングを行った結果、350ミリリットルと700ミリリットルに切り替えた店舗は、その前年の500ミリリットルと比べて売上が2割も増加するという、驚きの結果を出したそうです。それを踏まえて、同社はこの施策を全国的に展開することにしたのです。中身は同じコカ・コーラなのに、容器の容量で売上が変わるというのは、マーケターにとっては大変興味深い事例ではないでしょうか。
少し話が逸れますが、記事中にもある通り、短時間に人間が飲む量というのは300ミリリットルとか350ミリリットル程度が適量だという点も面白いなと感じます。500ミリリットルのペットボトルが市場に出回るようになったのは1996年のことですが、これによって人々の「飲み方」が変わりました。一気に飲むのではなく、キャップを開け閉めしながら、ダラダラと時間をかけて1本を飲むようになったのです。
飲み方が変わると、求められる中身も変わります。ぬるくなってもおいしいもの、そして量を飲める濃くない味わいが必要とされるようになりました。そうして市場を急拡大させたのが、お茶飲料、そしてミネラルウォーターです。ちなみに1990年代後半から2000年代前半には、俗に「ニアウォーター」と呼ばれた「薄めのスポーツドリンク」的な飲料が流行りましたが、500ミリリットルペットボトルに適合していたのがヒットの理由です。
容器選びは重要な商品開発戦略
もうひとつ、飲料の容器に関して注目しておきたいのは、ペットボトルの「ラベルレス化」です。
ペットボトルのラベルの最大の目的は、そのブランドであるという視認性を高めることでしょう。特にコンビニなどの店頭で認知され、選ばれるということを目的とすると、そのラベルの主張はどんどん強くなっていきます。
しかし、例えばデスクの上に置いておくならば、そうしたラベルの個性の強さは「やかましさ」でしかなく、もっとシンプルであって欲しいと感じる人がいても当然です。さらに言えば、アマゾンやアスクルなどでネット経由でケース買いをするのであれば、そもそもそれぞれのボトルに強い視認性を必要としていません。
そうした流れでラベルレスのボトルがじわじわ普及してきました。そして、それを後押ししているのは「エコ」です。いくらリサイクルされているとはいえ、ならばそもそもペットボトル自体を…という気もしてしまいますが、せめて余計なラベルはやめようよということで、ラベルをなくす動きが強まっているのです。ユーザーからすれば、ペットボトルをリサイクルに出す際に、ラベルをはがす手間も面倒ですから、こうした動きは歓迎したいものです。
飲み物の世界では、言うまでもなく各社は中身の開発競争にしのぎを削っています。成分、おいしさ、機能性など、様々なアプローチでより魅力的な商品をつくろうとしています。けれども、大手であれば研究開発でも同レベルの知見を兼ね備えているでしょうから、そうそう画期的な中身がつくれるわけではありません。
そんなときに有効な手として、液体自体ではなく「容器」での差異化もありえます。ネーミングやデザインも極めて重要ですが、どのような包材を使用するのか、容量をどうするのか、容器自体に新規性を持たせられないかなどの論点が、商品に関する重要な戦略にもなりうるのです。
パッケージ飲料の事例ではありませんが、参考になるのはサントリーのハイボールに関する戦略です。2008年頃から同社が仕掛けた強烈なマーケティング施策で、一躍ハイボールという飲み物に注目が集まりました。そして居酒屋や自宅で、今やすっかり定着したのは皆さんのよく知る通りです。
しかしウイスキーを炭酸水で割ったハイボールという飲み物自体は、ずっと昔から存在していました。飲み物自体に新規性があったわけでは決してないのです。ヒットの背景には様々な要因があるでしょうが、私が最大のポイントだと思っているのは、飲食店でハイボールを「ジョッキ」で提供したことです。
それまでハイボールと言えば、バーでタンブラーグラスに注がれ、ちびちびと飲むものだったはずです。それをサントリーは「ジョッキ」で提供するという、ある意味乱暴な仕掛けを打ち出したのです。それによって、場所はバーから居酒屋に、飲み方はチビチビからガブガブに、飲み手はごく一部のウイスキー好きから一般大衆に、とそのイメージを一新させることに成功しました。この事例を見ても、飲み物にとって「容器」がいかに大切かが理解してもらえるのではないかと思います。
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