テーマパークのようなケベックシティの城壁の中で
美しい風景や街並みには感動するものの、観光地はあまり好きではない。
観光地になるくらいだから、行く価値があるというのは理解できるし、一見して後悔することは少ないので、機会があるならば行く。消極的な理由は人混みが苦手なことと、案内写真で見かけた「定番の風景」が見られれば、答え合わせが終了した気分になるから。
すごく正直に書くと、ケベックシティへ行くことにしたはプリンスエドワード島取材のついでで、ケベック州であるモントリール空港を利用するため、「近くへ行くので一見するか」という気持ちがあったから。
だから、昨夜で結構満足してしまっていた。宝石箱のようなケベックシティの美しい夜景が見られて、わたしの答え合わせはもう満点だった。
ケベックシティを歩き倒す
ケベック州は東カナダ北部にある。準州を除きもっとも大きな州、といってもほとんどの人はケベック州の南部に暮らしており、セントローレンス川沿いに街を形成している。公用語はフランス語で、話す言葉はもちろんだけど、標識や看板なども英語の並列がないところも多く、完全なフランス語圏内を体感できる。ケベックシティはケベック州の州都で、城壁に囲まれた旧市街地が「ケベックシティ歴史地区」として世界遺産に登録されており、「中世ヨーロッパを感じさせる」とガイドブックに書いてあった。
朝ごはんを食べながら、ケベックシティの見どころを今更調べていたけれど、まずは食料を調達だよね、Googleマップに「スーパーマーケット」と入力した。
ケベックシティでの滞在は、安さの面から対岸のリヴィという街で、一軒家を借りている。セントローレンス川越しに街を見るにはぴったりだけど、街の中に観光客はほとんどやってこない静かな住宅地だ。家から車で5分くらい、中規模程度のなんてことのないスーパーで、水と食材を買い込む。シーズニングという合わせスパイスの種類が豊富で、かなり盛り上がってしまった。クラフトビールの品揃えも豊富で、とにかくパッケージがかわいい。車で来ているし、重さは気にせず大瓶のものも買ってみた。レジの順番を待っていると、お客さんの年配女性に声をかけられた。ケベック州はフランス語圏だけれど、簡単な英語だったから、聞き取れた。「もしかして、日本人? わたし日本人を初めて見たの。ケベックシティにはもう行った? カナダはほかにどこか行ったことがある? 楽しんでね」といったことをいわれた気がする。旅先で日本人だからって声をかけてもらえたのは、昨日のデリの店員さんを含めて二人目だ。自分たちが異物であることに、なんともいえないわくわく感があった。
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リヴィからケベックシティへ行くにはフェリーに乗る。といっても、セントローレンス川の対岸に渡るだけなので15分程度でついてしまうのだけれど。「ケベック」とはインディアンの言葉で「狭い水路」という意味らしく、このケベックシティ近辺はちょうど川幅が狭くなってるのだ。フェリーの往復チケットはひとり7.2ドル。晴天に恵まれて、もう観光しなくてもいいんじゃないかって気分になる。下調べ不足は否めない。けど、有名な観光名所だから行けばなんとかなるのでは。
船着き場から降りると、すぐに川辺の旧市街ロウワ—・タウンだ。プチ・シャンプラン地区は中世のかわいらしい建物を改装したお土産物屋が並び、プチ・シャンプラン通りは観光地然とした賑わいに満ちている。
崖上のアッパー・タウンには 「落ちたら首が折れそうなほど急」な“首折り階段”から登れるが、まだまだ観光序盤。体力温存のために急斜面を登るケーブルカー(フランスではフニキュレールという)を利用した。ロウワ—・タウン側からの乗り場になるグレーの壁に黄色い窓枠が映える建物は、ミシシッピ川を発見した冒険家の家だったらしい。フニキュレールを降りると、目の前に開けたのはガイドブックでよく見た「あの景色」だ。風が吹き抜ける広々としたウッドデッキのテラス・デュフランを従えてフランス式の古城を模したケベックシティのシンボル的ホテル、フェアモント・ル・シャトー・フロントンナックがわたしたちを見下ろしていた。ベンチに囲まれ白い石造りの台座の上で冒険家でケベックシティの礎を創ったサミュエル・ド・シャンプラン像のマントがたなびき、その足元で大道芸人の少し淋しげなトランペットが響く。
さっそくフロンナック見学にでも、と思ったが楽しみはとっておこう。となりのダルム広場にある建物が観光案内所なこともあって、この一帯は観光客で賑わっていた。トレゾー通りは「画家が集う路上ギャラリー」とガイドブックには書いてあったけど、メイドインチャイナなお土産物やよく分かんない絵画のコピーなんかもぶら下げて、猥雑な雰囲気を醸し出している。けれど、それが逆に、ここがあのケベックシティなのだという気分を盛り上げた。
ノートルダム大聖堂を見学して、お土産物屋さんを冷やかしながら、ランチの場所を探す。この観光地と晴天の雰囲気を味わいたいのでテラス席のあるレストランが良いものの、人混みに袖がふれあうほど近いところはやはり避けたい。マクドナルドも空気を読んで、青銅と金の看板にアレンジされた旧市街を、地図も見ないでフラフラと歩く。せっかくだから、やっぱりおいしいものが食べたい。赤煉瓦に紅色の屋根が映える小さなホテルの1階にテラス席がせり出していた。レストラン(ビストロ)の名前は「Tournebroche」。読めないけど。うん、メニューをチェックすると値段帯も高くなさそうだし、ここにしよう。あいにく、テラス席はいっぱいだったものの、冷房の効いた店内は正直ホッとした。(しかし誰もいない)
チョイスしたメニューはカナダ旅を実感できるクラフトビールに、カナダの数少ないローカルフード「プーティーン」。グレーソースのかかったフレンチフライに、チーズがプラスされているのがケベック流らしい。メインはフィッシュアンドチップス。芋がかぶるけどそういう気分なのだ。オーガニック食材にこだわっているとのことで、盛りつけもオシャレ。屋上では養蜂もやっているそうだ。
食事に満足し、また無計画に町を歩く。日本に暮らすわたしから見ると、旧市街はどこも外国風情に溢れており、テーマパークの中を歩いているような気分になるため、目的地なんかなんでもいい。しばらくすると、目の前に城壁が現れた。青みがかったグレーの長方形の位置がランダムでモザイクにならび、建物のフチを白い石で囲っている様は、ゲームかおとぎ話の世界で見るような立派な城門だ。アッパータウンの城壁には門が3つあり、これは一番東にあるサン・ジャン門のようだ。門の上にはのぞき窓があり、ここから不届き者を狙ったのだろう。城壁は芝生づたいに連なっており、みんな思い思いに寝転んで本を読んだりしている。もちろん、わたしたちもそれに習う。城門の上からは建設中のオフィスビルなどがある新市街が望め、右手と左手で時空の狭間にいるようだ。ここに暮らす人の平和な日常を、不思議な視点から眺めた。
新市街にあるケベック州議事堂は残念ながら改築中だった。火成石を多用した青白い岩壁にいくつもの人物像が埋め込まれており、建築が美しいと評判なのだ。その姿を近くで見ることは出来なかったけど、観光客をがっかりさせないように工夫されただまし絵みたいな柵に感心した。
不運は続くもので、楽しみにとっておいたフロンナック見学も今日は中止とのこと。なんでも、G7シャルルボア・サミットで世界の要人が宿泊してるためって……ニュースで見たわ。そうか、今夜、ここに、安倍総理とトランプ大統領が。要人には会わなくて良いのでエントランスだけでも見たかったよ。
仕方がない。次の目的地を定めていると、友だちは疲れたとのことで別行動することに。アッパータウンの外周をおおよそぐるりと歩いたことになるからムリもないか。わたしは初めてケベックシティの地図を見たときに気になった「星形」の内側に行ってみたくて「シタデル」を目指した。
シタデルはカナダ最大の要塞で、建設されたのはイギリス統治下だったが、星形のデザインはフランス式。近づいてみると城壁は5メートル近くあり、星形であることは当然ながら分からないけれど、カクカクとした独特な形が、迷路のようだ。ここは現在も軍事施設としてカナダ陸軍第22連隊が駐屯しているが、ガイドツアーに参加すれば中に入ることができる。毎日約30分おきにフランス語と英語で行われている。星形の中には入れるのであれば、いってみたい。英語は分からないけれど、ツアーに参加することにしてみた。ガイドツアーに申し込むと奥は王立第22連帯博物館として過去の戦争の様子が展示されている。言葉は読めないけれど、時代を表す物々しい品々の展示に、軍隊は戦争のために存在していて、いまもこのシタデルは現役の駐屯地なのだと思うと、何ともいえない気持ちになった。こののんびりしててやさしいカナダだって、戦争をするんだ。なんだかちぐはぐなものを丸めて、むりやり飲み込んだ気分になった。
シタデルのガイドツアー自体は、陽気なお兄さんがクイズ形式で進めてくれて、現在も稼働している宿舎や、総督公邸、中世当時の牢獄や拷問機、教会などがあった。牢獄は見学用に改築されていて撮影NGだが見学できる。ほかの建物は外観のみだ。22連隊を示すモチーフがビーバーなので、ところどころにビーバーのモニュメントがあり、動物の姿に心が和んだ。また、式典では正式な軍隊の一員としてヤギも一頭並ぶらしい。
セントローレンス川を見下ろせるディアマン岬要塞で、大砲と一緒に景色を眺めていると、さっき博物館で飲み込んだなにかがせり上がってくるような気持ちになった。
最後は偉い軍人さんの胸像が3つ。その後ろには花壇文字でケベックの人々のモットー「Je me souviens(わたしは忘れない)」が書いてあって、また胸の奥がうずいた。
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川を高いところから望め見晴らしの良い「総督の散歩道」を下って、テラス・デュフランまで戻ってきた。少し太陽が傾いて日陰になっており、観光客の姿もまばらだ。広々としたテラスを女の子がはしゃいで走り回り、お父さんが受け止めている。
要塞博物館のとなりを抜けて、首折り階段を下り、ロウワ—タウンを見下ろした。低階層の土産物屋から古めかしい木製の看板がぶら下がり、ガイドブックで見た風景そのままだ。雪の季節に見たらまた格別だろう。
開拓当初のたくましいケベックシティ市民の暮らしを描いた壁画など定番の観光スポットを確認し、帰ることにした。でもフェリーは出航したばかりでタイミングが悪い。歩き疲れと胸のモヤモヤがどんどん勘を鈍らせていくようだ。ええい、このままじゃ楽しくない。
フェリー乗り場から見える一番近くの、黄色いパラソルと赤い椅子が派手なカフェテラスに入る。クラフトビールの中でも強いIPAと、「一番早く出てくるフードは?」と聞いたところ、オニオンリングフライだというのでそれを頼んだ。華やかなホップが鼻腔を押し広げ、オニオンリングにはケベックシティらしくメープルシロップがついてきた。メープルシロップの甘みがオニオンリングの油をつつみ、それを苦いIPAで流し込む。街の美しさの感動だけが残るように、胸のモヤモヤも飲み込めるように。
帰りのフェリーからは黄金に染まるケベックシティが望めた。ここはわたしにとって、旅行先であって非日常だけど、こんな風によそ者がふらつける世界であることを、とりあえず喜び、これがずぅっと当たり前に続くことを、願った。
家に帰るとミクちゃんとアイアイが夕飯の支度を済ませていて、朝スーパーで買ったでっかい瓶ボトルのクラフトビールを開けた。今日は歩きすぎたし、観光地で人に揉まれすぎた。
明日は人がいないところへいこう。
[写真]フェリーと乗り場
[写真]シャトー・フロンテナック
[写真]ノートルダム教会
[写真]Tournebroche
[写真]城壁とサン・ルイ門
[写真]Parliament Building議事堂
[写真]ケベック要塞
[写真]ロウワータウン
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(翌日のはなし)
(前日のはなし)
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