バカになって手を鳴らせ! いざ最後の街モントリオールへ
今日で早くもケベックシティ最終日。人混みを避けて対岸の街レヴィで借りた一軒家で3夜。城壁に囲まれる印象的な街並み以外、どこを見ていいか分からなかったから、最初は一泊二日でもいいかと思っていたんだけど、この、黄色い壁の一軒家を見つけて、一日中家にいる日があってもいいかと思って滞在を延ばすことにしたんだ。その判断は正解だった。ここは本当に静かで暮らしやすかった。
バカになって楽しめ手を打ち鳴らし
今日はケベックシティからモントリオールまで移動する前に、ブランチをする。そう、昨日オルレアン島で直接尋ねて予約させてもらったお店だ。午前中は少し余裕があるから、昨日の夜は洗濯機を回しながらオルレアン島で買ってきたワインを開けて、リビングに集まりよく分からないケーブルテレビを見た。シロウト家族対向クイズ合戦といった感じで、出場者の家族構成を眺めるだけで、趣味も人種も多種多様。日本と比べてカラフルだ。
プリンスエドワード島から始まった3人での旅も、次のモントリオールで最後かと思うと妙な寂しさと高揚感があった。寂しさは旅の終わりが見えてきたこと、高揚感は日本に帰れること(日本も日本に残してきた友人や仕事もわたしたちは愛している)、それに「いまだから言えること」を告白すること。
実は、この家に入った最初の日は怖い感じがしたよね。実は鏡に人影が見えたんだ、誰もいないのに足跡がしたなんて報告し合って、でもいまは全然家からイヤな感じはしなくて、この家での最後の夜を大いに惜しんだ。
ゆっくり朝ごはんを食べたあと、いよいよ荷造り。わたしは荷物が多いけれどほとんどが資料や機材なので、プリンスエドワード島(取材)以降は特に広げることもなく、カバンは大きいけれど荷造りに苦労はない。ミクちゃんも抜かりなくテトリスを済ませ、準備は万端。問題はアイアイである。
アイアイは不思議なこだわりが多い人で、気が利きすぎて荷物が多い。まずわたしたちにおそろいのマグカップをプレゼントしてくれたり、洗濯物を干す紐やハンガーがどこからともなく出てくる。パジャマは雨合羽みたいに体をすっぽりつつむし、寝る前に毎日フェイスシートを欠かさない。真っ白なフェイスマスクの設置位置もなんかちょっと違っていて、小さく切り抜かれたおちょぼ口からはいつも白い歯が覗き、その姿は控えめに言ってもジェイソン。毎晩毎晩、わたしたちを腰が抜けるほど笑わせてくれた。
なかなか荷造り完了の声が上がらないので、わたしとミクちゃんとでアイアイの様子を見に行ったら、そこは床を埋め尽くすほどの小袋の海。
Instagramで見るような、俯瞰図で、スーツケースを中心に小さな小袋がきれいにズラリとならんでいる。え、これ、入ります? 小分けにしすぎてて袋の分荷物が多いんじゃない? 思ったことをためらいもなく投げかける我々に、アイアイは鼻息で返事をする。「大丈夫。意外と小さくなるから」
まったく大丈夫そうに見えないから言ってるんだよ、という言葉は飲み込んで、彼女を信じて待つしかない。時計は間もなく、ブランチの予約時間。ドライブテクニックのつたなさも考慮すると、のんびり待っていられる余裕もない。大丈夫かな〜と思った頃、おまたせ〜、とまんべんの笑みでアイアイが階段を降りてきた。なるほど、確かにスーツケースは閉じている。
お世話になった家に別れを告げ、カローラに乗り込む。とんでもない分岐のまったく読めないフランス語の看板だってもう恐れてない。気持ち天気の中、車は順調に目的地に着いた。
お店の名前は「e Relais des Pins - Cabane à sucre」
読めないけれど、団体観光客がバスで乗り付けるような定番のレストランで、日本でいえば元気寿司ぐらい、ドメジャーで誰でも知っているところだ。ここに来たかった理由は2つ。ケベック地方伝統の田舎料理が食べれると言うことと、食後には「メイプルタッフィー」づくりを体験することができるから。メイプルタッフィーとは、雪解けの季節にその年収穫したばかりのメイプルシロップを新雪の上に垂らし、棒で巻き取ってなめるというもの。冬のそして東カナダのシンボル的お菓子なのだ。
メイプルシロップはご存じ砂糖カエデの樹液で、樹液の水分量が下がり糖度が高まる冬に収穫する。木の表面を傷つけ、樹液をバケツに溜め、また新たに傷を付けて樹液を貯める。吹き出すように出てくるものではないため、根気と時間のかかる作業だ。冬の間、この樹液の収集と集めた樹液を煮詰める小屋のことを「シュガーハウス」と呼び、このレストランのコンセプトも「シュガーハウス」だったりする。
店内にはすでにできあがった20人ほどの紳士淑女が手拍子をならし、思い思いに立ち上がっては前に出て踊っている。ちょっとしたステージには不思議な楽器を手にしたふとっちょの3人の音楽家が、テンポ良く空間を跳ね上げさせる。赤いギンガムチェックのテーブルクロスの上にはドリンクメニュー。お料理はもう決まっていて、勝手に出てくるのだ。ビールやワインもいいけれど、ここに来たならシードルもおすすめ。微炭酸のりんご酒はフランス文化を色濃く残すケベックでも好んでつくられているからだ。わたしは車の運転があるから、ノンアルコールのアップルサイダーにしてもらった。
お料理は基本的に食べ放題で、大皿に載ったものがやってくる。空っぽにしたらまた運ばれてきて、ここで「お腹が空いた」とは言えないだろう。レンズ豆、ひよこ豆、レッドキドニーがそれぞれ煮付けられた前菜に、マッシュポテト。キッシュよりは薄いけど具だくさんの玉子焼きに、豚肉のパテ、ミートソース、それに分厚いベーコンとパンケーキ。なんといっても忘れてならないのはたっぷりのメープルシロップ! パンケーキの上にカリカリのベーコンを乗せて、メープルシロップの海にしずめる! しょっぱいものにシロップなんて、とまゆをひそめる人もいるけれど、これはこちらで「男子が好きな甘塩っぱい味」の定番。砂糖と醤油がたっぷり入った肉じゃがみたいなものなのだ。そう思うと割と抵抗なく試すことができるし、一度食べたらこのびったびたのメープルシロップが恋しい体になるだろう。
お腹がいっぱいになってくると、また音楽隊が盛り上がってきた。となりのおばあちゃんたちがわたしたちを立ち上がるように促してくれる。踊り方もマナーも全然分からないけれど、ここは農家のシュガーハウス。そんなこと気にしなくていい。シードルに上気した心のままに、足を打ち鳴らして踊ってみたらいい。わたしはしらふだけど。終わる頃にはトングやスプーンから派生してできた不思議な強度楽器(クラッカー)が欲しくなっているはずだ。
食後のお楽しみは外に出てメイプルタッフィーだ。もちろん、6月のカナダに雪なんてないけれど、ここでは冬に積もった雪をケースに入れて保管してる。白い雪を代に並べて、次々とメープルシロップの線を描いた。ここで巻き付けられるシロップは、パンケーキで食べたものよりもずっと濃い。
昼間っから馬鹿になって楽しめたのでとても気分が良くなった。この島やケベックシティから離れるのが淋しくなって、シードル農家「Cidrerie Verger Bilodeau」や小さな教会「サン・ピエール・ドルレアン教会(Presbytere St-Pierre-D'Orleans)」へ寄り道した。
教会へ立ち寄ったのは偶然だった。モントリオールへの出発早々トイレへ来たくなったものの、コンビニで教えてもらった公衆トイレはあまりに屋外過ぎて、こういう地域密着色の出た教会なら、公民館感覚で使われているだろうから、トイレも貸してもらえるだろうと思ったのだ。正面玄関が閉じられていたれど、公民館側では小さなバザーのような看板が出ていて、いそいそとトイレを借りることに成功した。順番が前後してしまったけれど、神様にご挨拶しに聖堂へ。木造の小さな教会だったけれど、クリーム色の壁がかわいらしい。縦長の窓ガラスからさんさんと太陽が差し込んで、心がすうっといい気持ちになった。最後に例のバザー看板があったところも見てみるか、と思ったらそこは婦人会による手作り品を売っている雑貨屋さんだった。ここでは、昔から古布を説いて糸にし、それをまた紡いでタオルやクロスにしてきたそうで、いまもその伝統を受け継いでいるそうだ。売っているものはどれもこれも、お母さんの体温が伝わってきそうなかわいらしさで、お値段も協会の運営の役に立てればという気持ちが見えほどの低価格。大いに感動したわたしたちは、ここでおそろいのエプロンとはたきを買って、店番をしてるお母さんと写真を撮った。
あとは粛々とモントリオールを目指すのみだ。退屈なハイウェイを違う道から行きたい気もしたが分からない。寄り道してみたいけれど、どこに行けばいいかも分からない。だからたまに路肩に止めて深呼吸するくらいで、ストイックにモントリオールへ向かった。車は今日帰す予定だったので、最後に宿泊地に荷物をおろし、車を空港まで帰しに行く算段だ。(帰りしなになにか夕飯を食べよう)
最後の宿は、都会らしく「地に足のついた暮らし」にしてみようと思った。いままで、田舎や島だったので一軒家を貸し切ってのびのびやってみたけれど、最後のエアビーで選んだ部屋は、空き部屋を借りるというもの。定員2名で一泊約2000円。ひとりでも、ふたりでも、2000円。ここに「わたしたちは静かで大人しい日本人だから3人で泊まりたい」と頼んで2晩過ごすことにした。むろん、3人と待っても2000円だ。
旧市街がある繁華街からバスで30分程度離れた住宅街で、学生が多そう。でも我々の前に立ちはだかったのは、壁のような外階段だった。目的の部屋は3回。ひとり20キロ以上あるスーツケースと共にここへ来た。
幸い家主は在宅中で、問題なく鍵は開いた。一歩間違えば荷物が大破しかねない急階段を奇跡の怪力と集中力で、自分の荷物を持って登ることができた。一泊2000円だなんて、どんな笑っちゃう部屋かと構えていたけれど、10畳くらいある長めの個室で、一応鍵だってついている。全然いいじゃないか。家主の名前はメモ。メキシコからやって来たメキシカンシェフで、たぶん年齢は若い。でも、わたしたちも若く見えるみたいで、いろいろ親切にキッチンやシャワーの使い方を教えてくれて、住人以外利用不可のwi-fiパスワードまで教えてくれた。
メモのほかには夏休みを利用してメキシコから遊びに来ている女の子ジェシカがとなりの部屋で暮らしていた。同居人はたくさんいた方が心強い。
そうこうしてる間に日が傾き、慌てて車を空港へ返しに行く。事故も追加料金もなく車を返却できたことを、空港のビアバーで祝い乾杯。バスでモントリオール市街地へ戻り、都会に来たことを実感する。
モントリオールで食べたかったものと言えば、スモークミート。
街を代表するB級グルメといわれ、日本では考えられないボリュームのパストラミサンドといえば、イメージがつくだろうか。なにはともあれ、まずはアレが食べたいねとなり、バス停と家の位置から一番近い有名店を目指す。やって来たのはド定番の「Schwartz」。有名されて店が繁盛するまでのストーリーが舞台化されたりしている。カナディアンサイズのスモークミートに警戒して、3人で1つをオーダー。飲み物はコーラしかないストイックさだ。ピタサンドのピタ並みの扱いでしかない食パンに挟まれた、薄切り肉のミルフィーユは噂に違わぬ大ボリューム。こっちは3人とはいえ、旅疲れで見た目の迫力にやや圧される……と思ったのは口に入れるまで。
「明日はひとり一個食べよう」
「うん」
「これは食べられる」
長い旅の間に、わたしたちの心はとうとうひとつになった。
[写真]e Relais des Pins - Cabane à sucre
[写真]Cidrerie Verger Bilodeau
[写真]Presbytere St-Pierre-D'Orleans
[写真]モントリオール
絶望的な階段
[写真]Schwartz's Deli - Sandwiches - Steaks(初回)
(前日のはなし)
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