ナポリタンの醤油
人一倍、食べることが好きなくせに、ひとり暮らしをするまで、ろくに料理をしたことがなかった。
たしか社会人3年目くらいの頃に家を出、はじめて自炊らしい自炊をして作ったものはパスタ。ケチャップさえあればそれなりの味になりそうな、ナポリタンに挑戦してみた。
意気揚々と麺を茹で、ピーマンだのソーセージだのを炒め、半端に舌の肥えた料理初心者がやりがちな、自己流エッセンス(このときはホールトマトやコンソメを投入…よせばいいのに)も加える。
だが見た目も味も、舌が記憶しているあの味には程遠い。味がうすい。麺がパサパサのカピカピ。初心者には原因がわからないから、とりあえずケチャップを追加してみる。期待を込めて味見をする。酸味が増しただけである。
おなじみのナポリタンの味は、たしかに舌先に召喚できるのに、フライパンの上の代物がどうにも近づいていかない。もうちょっとしょっぱいはずなんだよな…塩胡椒を足してみるも、いまひとつ。
料理ブログを書く予定ではないのでそろそろ本題に移るが(出来損ないのナポリタンは、ひとりで首を傾げながらいただきました)、わたしはレシピを調べて、必要な食材や適切な手順を確認するということをしていなかったのだ。後になって知ったのは、どうやら隠し味に醤油を使うとうまくいくらしい。
「ナポリタン=パスタ=イタリアン」という、いまどき小学生でも赤面するような思い込みがあって、醤油が要るなんて想像もしなかった。
往々にして、物事には思いもよらない異分子が潜んでいる。うまくいっている仕事やチームは、その異分子の”異”ぐあいが絶妙なのだ。
たとえば、CS向上のプロジェクトにおいて、営業や広報などの渉外メンバーだけで構成するのでなく、基幹システムのスペシャリストを入れるとか。
友人関係だってそうだ。大阪に旅行にいくとして、「名所をいくつかまわればいいよね」というグループのなかに、「いちばんおいしいたこ焼きを絶対に食べて帰る」と譲らない奴が一人いたほうが、俄然おもしろそう。
わたしはこの”異分子”の存在を見逃さずにいたい。
わたし自身は、自分のことはけっこう好きだけれど、集団のなかで”異分子”になれるほど特殊だとは思わないから、そういう存在に憧れている。
そして、「ナポリタンの醤油」のように、(自分が想定しうる異分子だけではなくて)、思いもよらなかった異分子の存在に驚きたい。異分子から学びたい。
そうでもないと、そろそろ知ったような顔で、人生なんてものを語りはじめてしまいそうな気がする。そういう年頃に差し掛かってきたのだ。
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