生徒会長の幻影
彼女は一風、変わっていた。高校時代の生徒会。お年頃の女子たちは、しょっちゅう作業の手をとめて、気になる男子やミュージシャン、連続ドラマの次の回、たまに進路の話に花を咲かせた。
誰も彼女を遠ざけてはいない。話題を投げれば、笑顔で話を返してくれる。ただ、その逆がないだけだ。黙々と作業をこなし、時間があれば文庫本のページをめくり、たまにノートの隅に不思議な生き物のイラストを描いていた。
彼女は超然とした美少女だった。そして、生徒会長を務めていた。こんなふうに書くと、なんだか、「生徒会モノ」のライトノベルのようだけど、決してフィクションを綴っているわけではない。
抜けるような白い肌。すらりとした肢体。大きな瞳。薄い唇。整った鼻梁。あの頃の女子高生は、みんな化粧なんてしていなかったけど、素のままで、彼女の容姿は十二分に人目をひいた。
高校二年の秋、珍しく彼女が怒っていた。どうしたのかと尋ねると、「全然知らない人が、私の写真を注文していた」と答えた。その直前、修学旅行があった。カメラマンが同行し、写真を撮る。それをサービス判に紙焼きし、番号をふって大きな模造紙に貼り付け、しばらく廊下に掲示する。ほしい写真がある生徒は、番号の下に「正」の字を書き、あわせて先生に番号と枚数を申告するのだ。
まだデジカメが存在しない時代。カメラを持っている高校生は少数派だった。フィルムも、現像代も、お小遣いからひねり出すにはそれなりに考えないとならない額だ。修学旅行にも、せいぜい使い捨ての「写ルンです」を持参するぐらい。あの頃、写真はまだ、プロかマニアのものだった。
たぶん、彼女も気づかぬうちに、望遠で狙われたのだろう。被写体は微笑む彼女だけ。きれいな子は印画紙に焼きつけられてもきれいだなあ、さすがはプロだと、傍観者の私は妙に関心して眺めていた。とはいえ、彼女の立場にしてみれば、撮られたこと自体が不覚だろうし、誰かに注文されたのはもっと不本意だっただろう。
当時、カメラが趣味のOBが、ちょくちょく生徒会室に出入りしていたこともあって、何冊かアルバムができるぐらいには、私たちの写真はあった。でも、彼女はほとんど写っていない。あるとき、何かのイベントで集合写真を撮る際に、彼女はひょい、とフレームから外れた。先輩に「入ればいいのに」と促され、「いいです。撮られると、魂を抜かれますから」と答えていたのを覚えている。そんな都市伝説さえ、あんな美少女が口にすると、あるいは本当に抜かれるかもしれないぞ、と思えた。美しいって、すごいことだ。
高校を出て、現役で大学に合格し、卒業後は財閥系の企業に就職した。そこまではなんとなく知っている。ずっとあとになり、三十歳前後で結婚し、出産したと人づてに聞いた。仲間内で結婚式に呼ばれた人は誰もいない。
繰り返すけど、決して仲が悪かったわけではない。私たちはみんな、不思議な魅力を放つ彼女のことを、とても好きでいた。それは彼女も同じだろう。だけど、あの頃、生徒会室でともに過ごした仲間や先輩、後輩で、その後の彼女を知る人は、ほとんどいない。写真もあまり残ってないから、あんなにきれいな生徒会長が、あの場に実在したことが、なんだか白昼の夢だったような気にもなる。
あの美しい少女は、どんな女性に成長し、妻になり、母になったのだろう。透明感あふれる女子高生が、日常生活を重ねるうちに、やがて少しずつ老いていく様を、まるでイメージできない。
ここ数年、友だちが病気で亡くなったり、重い病にかかったりするのを経験した。死や重病に至らずとも、小さな故障の一つぐらい、同世代の誰もが抱えている。もちろん、昨年体にメスを入れた私だって、例外ではない。制服を着ていた時代は、もはや霞むほど彼方にある。
まだしばらく先のことだと思う(思いたい)けれど、いつか動けなくなる前に、もう一度、彼女と会って、話がしたい。
あのイラストの生き物は、なんだったの?
「魂を抜かれる」って、やっぱり冗談だよね?
目立つことや人前で話すのが苦手と言ってたけれど、じゃあ、生徒会長になったのはどうして?
あなたはあのとき、本当に、あの生徒会室に、いたんだよね?