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マルシュロレーヌがアルゼンチン調教馬だったら特別賞を受賞できたのか?

 アルゼンチン競馬においてJRA賞に相当するのが『カルロス・ペジェグリーニ賞』というものです。受賞項目は最優秀3歳牡馬とか、最優秀短距離馬とか、年度代表馬とか、JRA賞とほぼ同じです。違うのは選出方法くらいでしょうか。事前に各項目で3頭の馬がノミネートされ、その3頭に対する生産者投票、馬主投票、競馬組合投票、記者投票、ファン投票で決まります。

 カルロス・ペジェグリーニ賞にはこれら一般項目に加えて、2つの重要なタイトルがあります。1つ目が『メンシオン・エスペシアル(Mención Especial)』というもの。直訳すると「特別な言及」となり、これがJRA賞の特別賞に該当します。「お前すげーな!」という賞です。もう1つが『ペジェグリーニ大賞(Pellegrini del Año)』。これは「年間競馬大賞」に相当し、いわば「お前がNo.1だ!」という賞になります。この2つは馬だけでなく、騎手や調教師、生産牧場、メディアも対象になります。

 2019年、年間競馬大賞を受賞したのはマリーア・ムニョス調教師でした。ムニョス調教師は管理馬ミリニャーケ(Miriñaque)でアルゼンチン・ダービーを制し、アルゼンチン競馬史上初めて女性調教師によるダービー制覇という快挙を達成しました。

 特別賞を受賞したのが、アルゼンチン産馬のブループライズ(Blue Prize)とアルゼンチン人のイグナシオ・コレーアス調教師でした。BCディスタフ優勝が評価されての選出でした。ブループライズはこの年アルゼンチンで1度も出走しなかったため、最優秀古馬牝馬や年度代表牝馬にはノミネートされませんでした。しかし、BCディスタフ優勝という偉業を無視できないため、コレーアス調教師と共に特別賞が贈られました。

 年間競馬大賞と特別賞の歴史をもう少し振り返ってみましょう。

 1989年、アルゼンチンからアメリカに移籍したバジャコア(Bayakoa)がBCディスタフを優勝しました。彼女もこの年はアルゼンチンで1度も出走していないどころか、オーナーも調教師もアメリカ人でした。しかし、アルゼンチン競馬界はバジャコアの偉業を称えて年間競馬大賞を贈りました。

 1992年のBCディスタフを制したパセアナ(Paseana)も同様でした。アルゼンチンでは1度も出走しておらず、馬主も調教師もアメリカ人でしたが、1992年の年間競馬大賞を受賞しています。

 2003年の年間競馬大賞にはキャンディライド(Candy Ride)が選ばれました。この年、彼はアメリカのGⅠパシフィック・クラシックを優勝しました。アルゼンチンでは出走していません。

 極めつけは2006年にBCクラシックを優勝したインバソール(Invasor)です。この馬はアルゼンチン産馬ですが、ウルグアイで調教され、ウルグアイで競走生活を送り、その後アメリカに移籍しました。生涯を通じてアルゼンチンで走ったことがありません。アルゼンチンとの繋がりは、ただアルゼンチンで産まれたということだけです。しかし、アルゼンチン競馬は2006年の年間競馬大賞をインバソールに与えました。

 すでにお分かりのとおり、BCの勝ち馬には特別賞どころか、年間競馬大賞が贈られます。ブループライズとイグナシオ・コレーアス調教師にも、特別賞ではなく年間競馬大賞を与えることが議論されていました。しかし、女性調教師のダービー制覇がアルゼンチン競馬史上初めてということで、惜しくもマリーア・ムニョス調教師に大賞の座を譲りました。例年なら文句なしで大賞です。

 これは僕の勝手なイメージですが、日本は凄いものから何が凄くないかを探す傾向というか癖があるように思えます。いつもマイナス面を探したがっています。「よくできました。でもここがダメだよね」と最後にダメ出しをしてくる嫌な上司タイプです。ぶち殴るぞ。だから、「マルシュロレーヌ凄いよね。でも何か違くない? 特別賞っぽくないね」という結論になったのでしょう。

 一方、アルゼンチンはプラス面全支持です。凄いものは凄いで済ませます。「よくできました。お前めっちゃ凄いじゃん!」という感じ。だから、賞をあげることに対してためらいがありません。現に、特別賞は毎年1つではなく、複数に贈られることがあります(もちろん、誰にも贈られない年もあるけれど)。1992年には特別賞が4つも与えられました。2020年の年間競馬大賞なんて、パンデミックの中で頑張った「競馬に携わるすべての人々へ」でしたから。こうなるとやりすぎ感あるけど。抽象的すぎてありがたみが薄れそう。

 アメリカ競馬に対する見方も日本とアルゼンチンでは異なります。アルゼンチンは日本と違って、自国の競馬への肯定感があまり高くないように思います。アメリカをはじめ先進国の競馬は格上の存在であり、挑み続けたい世界です。条件戦でさえ簡単に勝てないのを分かっています。だから、アメリカで自国の馬が勝つのは凄いことであり、条件戦だろうと勝利すればメディアで大々的に報道されます。BCディスタフなんてオリンピックの金メダル級です。

 タイトルに書いた『マルシュロレーヌがアルゼンチン調教馬だったら特別賞を受賞できたのか?』という問いですが、答えは「NO」です。なぜなら、特別賞より上位である年間競馬大賞を贈られているからです。しかも、矢作先生と一緒に。

 僕は凄いものは素直に凄いと称えてあげればいいと思います。凄いものが複数あるなら、複数に賞をあげればいい。特別賞なんてあげられるだけあげちゃえばいい。トロフィーとか賞状を作って渡すだけで、労力はほとんどかかりません。それに、特別賞をあげたところで別に誰の迷惑にもなりません。だから、マルシュロレーヌに特別賞をあげるあげない論争での僕の意見は簡単です。



そんなことよりアグネスゴールドに特別賞を与えろ!!!



2021年死去
圧倒的ブラジル・リーディング
2020/21シーズン、ブラジル最優秀種牡馬
アメリカ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルで年間重賞28勝
アメリカ、ウルグアイ、ブラジルで年間GⅠ10勝
ブラジルで年度代表馬獲得
ブラジルで無敗の牝馬3冠達成
ブラジルでダービー連覇
2年連続アメリカGⅠ優勝
2年連続BCマイル出走
2年連続BCマイル入着

 なんで議論にすらあがらないの?


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木下 昂也(Koya Kinoshita)
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