薔薇
麻子は古い洋館の庭で、1本の薔薇の前に立ち尽くしていた。周りの草花は色褪せ、秋の冷たい風にさらされて萎れていたが、その薔薇だけは鮮やかな赤を保ち、まるで周囲のすべてを拒絶しているかのようだった。
彼女は幼い頃、この庭で母と一緒に遊んでいたことを思い出した。母はこの薔薇を特別に愛していた。どんなに時が経っても、どんなに天候が荒れても、この薔薇だけは美しさを失わなかったのだ。麻子は母が言っていた言葉を、今も鮮明に覚えている。「この薔薇はね、永遠に咲き続けるの。どんなことがあっても。」
しかし、母はもういない。彼女の死は突然で、あまりにも残酷だった。麻子はその悲しみを受け入れることができず、洋館を出て長い年月を過ごした。だが、母の薔薇が気になり、戻らざるを得なかった。
麻子は薔薇に手を伸ばし、そっと触れた。柔らかな花弁の感触が指先に伝わり、彼女の心は僅かに和らいだ。しかし、次の瞬間、彼女の指先に鋭い痛みが走った。見ると、薔薇の棘が深く刺さり、鮮血が滲んでいた。麻子はその血を見つめ、何故か微笑んだ。
「母さん、やっぱりあなたの言った通りだわ。この薔薇は永遠に咲き続ける。そして、私の痛みも、あなたの記憶と共に永遠に続くのね。」
彼女は指から滴る血を拭わず、そのまま薔薇の前に座り込んだ。血の赤と薔薇の赤が、まるで1つに溶け合うように見えた。風が吹き抜け、薔薇の花弁が揺れる。その姿は、どこか儚げで美しい、そして残酷な現実を映しているようだった。
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