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首里城大火のこと
涌井慎です。
趣味は新聞各紙のコラムを
読むことです。
今日のコラムは
読売、毎日、日経、北海道、
河北、岩手、東京、新潟、中日、
北國、神戸、中国、愛媛、高知、
佐賀、南日本、琉球、沖縄と
「首里城大火」がテーマでした。
沖縄タイムスが、
防火体制が十分だったか、
検証の必要を説いていますが
まさにその通りです。
以下、沖縄タイムス引用。
「今から70年前。奈良・法隆寺の金堂から出火し、国宝の壁画が燃えた。壁画を模写していた作業員が使っていた電気座布団のスイッチを切り忘れたためとされた。かけがえのない文化財を守る意識が高まり、文化財保護法ができる契機となる」
各紙コラムを読んでいて
わかったことですが、
首里城は沖縄戦で焼けた後、
30年続いた復元工事が
今年の1月に
完了したばかりだそうです。
復元に携わった方々の
ショックは計り知れません。
琉球国は明治に
日本の統治下に組み込まれ、
以降、沖縄では
本土への同化が進められました。
本土からの差別から
逃れるための策だったといいます。
戦後も、
沖縄の誇りを抱くいっぽうで、
本土への同化も進められる、
葛藤があるなかで、
首里城の復元は、
沖縄が沖縄たるための
アイデンティティの創出にも
寄与していたそうです。
沖縄の沖縄たる所以など、
沖縄に一度も行ったことのない
私が語れることではないですが、
かつて、琉球国の頃、
中国とも日本とも手をとりあい、
かつ、琉球独自の文化を育んだ、
その姿勢は現代の日本が
忘れかけてしまった
美しさそのものなのでは
ないでしょうか。
首里城はこれまでにも、
15世紀以来、4度焼失して、
そのたびに
再建されているそうですから、
いつの日か、
再び、青空に映える
色鮮やかな御殿が
建てられることを願います。