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綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込みたい

令和3年5月10日の日記
京都新聞の山崎ナオコーラさんの連載『日常の社会派』で外来種の問題について書いていました。在来種の保護のために外来種が駆除されることはよくあります。外来種は完全に悪者扱いですよね。しかし、外来種そのものは悪者ではありません。どこぞの国からワケあって連れてこられたわけであり、彼らもこちらにやってきたのは本意ではないはずで、そんな彼らを悪者に仕立てあげて駆除する、というのは道理に合わない気がするのですが、どうでしょう。

何ヶ月か前の『文學界』に掲載されていた台湾が舞台の小説で、台湾はどこの国からやってきた人に対しても寛容で、誰が何人だとか、どこ出身だとかは気にしないんだというようなことが書いていました。(詳細はかなりうろ覚えです)その話のなかで、台湾は外来種にも寛容なのだと書いていた気がします。翻って日本はといえば、外来種に厳しいのと同様に移民の入国審査も厳しい。内と外をはっきりとさせがちで、殊更に外に厳しい体質がありますよね。日本という国がそうですし、京都もそうですし、もっと田舎にいけばいくほど「外」に対するバリアがひどい。新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめた頃、あの田舎の他者に対するバリアは、未知のウイルスの侵入を防ぐための知恵でもあったという話を聞いたことがありましたが、本当なのでしょうか。ウイルスに限らず、「よくわからないもの」に対する恐れは強いように思います。

「内」にはアホみたいに甘いくせに「外」に対してはこれでもかというくらいに厳しい姿勢を貫く、というのは、どういうわけか、「美徳」のように思っておられる方もいるんですが、自分に権力さえあれば、「君が思ってるほどキレイなものじゃないし、むしろ、すごく醜く見えるよ」と言ってやりたいのですが、なかなか言えないものですし、いざ、権力を手にしたら、ひょっとすると私だってアホみたいに「内」に甘くなる分、反動で「外」にきつく当たってしまうのかもしれません。そうだとするなら、権力なんて別にいらないから、ちゃんと理屈の通る世界で息していたいと思います。

理屈の通らない世の中ですから、いま、すごく息苦しいですね。綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込みたい。

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