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第4部 豪邸に暮らす[22]ジョージアン様式 Phipps 邸

22-7  湖畔の町『Evergreen』

 ウイリアム教授から.......「The town of Evergreen is hosting a "Gala Dinner" at the tennis house next weekend, so Holly and Ryu will be helping with the charity auction....... 」
  流雲は、初めて聞く「Gala Dinner」がよく理解できずに.....「Holly,  What kind of meal is the Gala Dinner ?」
「Ryu, Gala Dinner is a dinner, but in the style of a formal Fundraising Party......Gala Dinner は食事会だけど、フォーマルな募金パーティの形式よ」
「What would a formal charity party be like?」
「Gala dinners are Fundraising Parties attended by corporate executives, wealthy individuals, and other celebrities..… ガラディナーは、募金に積極的な人達が参加するパーティよ」

 アメリカでは募金活動が普及しており、参加者が寄付を楽しみながら社会貢献する明るさとエンターテイメント性がある。と、ホーリーは説明する。日本の募金パーティは秘密性があり、政治や利権が絡む胡散臭さが付きまとう気がする。
 通常、ガラディナーはホテルやレストランで行われる。フィリップス邸の私邸で開催するにはセキュリティや大広間に問題があり、テニスハウスで行われることになった。
 テニスハウスは、大きな半ドーム型の天窓の下に、2面分のテニスコートを備えている。ネットは張られておらず、体育館のようなガラーンとした空間があるだけだ。

 イベント前日の早朝からケータリング会社が準備に入る。生け花の飾りつけから、20台の10人掛けテーブルやオークションステージが中2階に設置され、玄関前にテントが張られ、レッドカーペットが敷かれた。
 当日の5時を過ぎると、デンヴァー警察と DUポリスの警護の中、続々招待客が到着する。ウイリアム教授とホーリーと流雲の3人は、正装姿でテント内で招待客を迎えて、テーブル席に案内する。 

 エヴァグリーン商工会議所の代表 Mrs. Gregory の挨拶と共に「Fundraising Party」が始まり、ディナーがサーブされる。
「Holly, The security is awesome. Is Denver Police participating in the patty?......セキュリティが凄いね。デンヴァーポリスはパティに参加しているの?」
「Ryu, the Governor is joining us tonight, so the State Police are joining us........ 今晩は州知事が参加するから、州ポリスが参加しているわ」
「I see. Somewhere policemen are guarding them?」
「Yes. More than that...You'll be surprised what you can find at our charity auctions.......それよりお手伝いするチャリティー・オークションを愉しんだら、見たら驚くわよ」

 チャリティー・オークションが始まり、Mrs. Gregory は競りを500ドルから始める。スポンサーは、花火打ち上げの際に会場で名前を呼ばれる名誉を得るために、ゲームを愉しむように花火を数千ドルから数万ドルで、競うように競り落としていった。
ホーリーと流雲は、オークション会場で競り落とした人に、花火のイラストと引き換えに小切手を受け取る役割を担った。日本にも募金運動はあるだろうが、ゲームのようなオークションはあるのだろうか。

 オークションが終わると Mrs. Gregory が ......「Thank you for supporting our small town fireworks display......私共の小さな町の花火大会の支援をありがとうございます....... On behalf of the residents of our town, I truly appreciate your support. Also, if you do not have any plans on that day, July 4, you are invited to come to my lakeside cottage. Please come on down to Evergreen and join us......また、当日の7月4日に私の湖畔のコテージにご招待いたします。是非、Evergreenまでお出かけください」と挨拶した。
 そしてグレゴリー夫人は、ホーリーと流雲に.....「I hope you will come on July 4th too. We want to thank you for your help.」

 後日、正式な独立記念日のBBQパーティの招待状が送られてきた。夕刻4時から始まるカジュアルなパーティと記されている。直ぐに、2人はパーティ出席の返信をする。
 昨年は野球場で花火を見たが、湖上の打ち上げ花火に期待が膨らむ。正式なパーティの招待は初めての経験になる。

 2人は 『鷹』で I-70 を西に走っている。Golden の町を過ぎた山間部に Evergreen 湖が見えてきた。グレゴリー夫人のコテージは湖畔に建っていた。道路側は2階建て、湖側は3階建ての山荘風の洒落た住宅だった。
 玄関ポーチに立つと、玄関ドアが開けられ ......「Welcome. Welcome, Thank you for coming. Let me introduce you to my husband, James.」と紹介され、グレゴリー夫人に室内に招き入れられる。
「Mrs. Gregory, Thank you for having us. This is our little present to you.」
「Oh, thank you so much. Please call me Linda. Enjoy the 4th of July party and fireworks today. There will be about 150 guests so it will be a little noisy, but drinks will be on the deck and BBQ will be grilling in the yard in front of the lake, so eat whatever you like...... 150人位ゲストが来るから、少し賑やかですが、飲み物はデッキで、BBQは湖の前の庭で調理しているので、好きなものを食べてくださいね」

 吹き抜けの高い天井に太い松材の梁が力強く走り、壁面は木目の美しい木材が使われている。木質感溢れる室内は、周りの森林風景に負けない自然さが感じられた。
 オークション時に配布された「花火イラスト」の原画を見ていると……
「Linda painted; she's an artist.」と、ご主人のジェームスさんが......「This basement is her studio where she paints and restores antique furniture.....ここは彼女のアトリエで、絵画や家具の修復を....」
「I see. I used to paint too, so I am very interested in it. I am also very interested in antique furniture.」
 「If you have any antique furniture questions, ask Linda. She owns several antique stores.....彼女は何軒か骨董店を経営しているから.....」 
「Is that so? I am currently working on a furniture inventory for the Philips mansion......今、Philips邸のアンティークの目録を作成中で……」
「I'll let Linda know she'll be hearing from you later.」
「Thank you so much. We would be grateful for your support!」

 広々としたリビングは、ウッドデッキに繋がっていた。デッキからは、ロッキー山脈の雄大な山並みと、針葉樹の森に囲まれた美しい湖が一望できた。静寂に包まれた湖面に山々が映り込み、まるで東山魁夷の風景画を彷彿とさせる美しさだ。
 ホーリーとワインを傾けていると、ジェームズさんが......「What a beautiful lake! It's not very large, but it's quite charming. I heard you two are staying at the Philips mansion. How do you find it?」
「Mr. Gregory. Life in the mansion is restless but comfortable. Excuse me, what do you do, Mr. Gregory?」
「James.....I'm a neurosurgeon at CU...... コロラド大学の脳神経外科医です」
「It seems the meat is ready. Why don't we head downstairs and have a meal?」とジェームズさんが声を掛けてくれる。

 流雲はホットドッグやハンバーグを想像していたが、本格的なBBQ が調理されている。2台のドラム缶のようなBBQ グリルには炭火が赤々と燃え上がり、辺りに香ばしい香りを漂わせている。
 白いコック帽をかぶったシェフが、手慣れた手つきで骨付きポークリブと牛の肩肉の塊を調理していた。

「Holly,  do you do serious BBQs like that at home parties?」
「Well, we usually have BBQs with cooked meat, but it's not common to have a restaurant chef cooking!......通常、BBQパーティで肉料理は調理されるが、シェフが調理するのは一般的ではないわね」
 すると、ジェームスさんが......「Holly, That's because I can't cook. I've got surgery coming up after the holidays, and I can't risk getting hurt......それは僕が料理ができないないからだよ。怪我をするわけには......」
 ジェームスさんは、コロラド大学の脳神経外科医で、連休明けに手術があり、怪我をする危険は犯せないのだそうだ。

 流雲とホーリーは、Ribs とBrisket のスライスをお皿に載せてもらう。空いているテーブル席に座ると、テーブルの中央にポテトサラダ、マカロニサラダ、コールドスローにグリーンサラダが置かれてある。ウエイトレスが焼きトウモロコシとベークトポテトを取り分けてくれる.....「What would you like to drink? Beer or wine?」
「Can I have a beer, please? Holly is wine, right?」
「Thank you very much.」
 ポークリブは、肉が骨から滑り落ちるほど柔らかく。ブリスケは、口の中でとろけるほど柔らかく調理されている。 

 日没後に......「Tonight's Independence Day fireworks will be set off」と、リンダさんが打ち上げ宣言をする。その合図と共に、湖畔から花火が打ち上げられた。
 湖上の闇夜に、星のように輝く花火が、夜空に花開いた。
「Ryu, Ryu, it's a Starmine firework. It's a celebration firework for Independence Day...... スターマイン花火よ。独立記念日に打ち上げられる祝賀花火よ」

 アメリカ国旗の赤、青、白に輝く「星花火」が、夜空に上がり、湖面に映り、反射する。
小さな星花火が連なるように輝くと、一斉に大きな拍手が上がる。またひとつ「ドン」大きな音が鳴り響くと、空中で散開したスターマイン花火が音楽とシンクロナイズしながら、次々と打ちあがる。

「The sponsors of this fireworks are……」とアナウンスと共に音楽が流れると、観客が歌を口ずさみ一斉に合唱に変わった。
「Ryu, this song is 『The Star Spangled Banner』We'll sing this song in the chorus as the fireworks go off.」
「Holly, The Star-Spangled Banner" is the national anthem, right?  I've heard it too.....この歌はアメリカの国歌だよね...... Are American fireworks usually synchronized with music? 」
「Yes. Fireworks in the U.S. are synchronized with music, and now classical music will be played as well.....そうよ。これから、クラシック音楽も演奏されるわ」
「What kind of music will be played?」
「 Washington's Birthday Overture, America the Beautiful, and The Liberty Bell.」
すると、直ぐにホーリーの予告通りに、湖畔にクラシック音楽が響き渡る。町灯りを落としてた夜空に花開く花火を眺めながら、クラシックの調べに耳を傾ける。湖に広がる優雅な音色は、自然と一体となり、心に深く染み入ってくる。
 クラシックの調べの後、映画音楽のStar Wars や Indiana Jones のテーマ曲に乗せて、より華やかな花火が大空に花開く。一斉に、観客から大きなどよめきが挙がる。
 音楽が流れる前にスポンサー名が呼び上げられるが、全く違和感を感じさせない。
 ポピュラー音楽が流れると、湖畔に観客の合唱がこだまする。観客と音楽と花火が一体感に包まれる。音楽がシンクロナイズしながら花火が、次々と打ち上げられる。

 湖畔に、Louis Armstrong の独特の歌唱スタイルで「Wonderful World」が流れる。美しいメロディに乗せて、闇空に花火が次々と打ち上げられ、星空と水面に花火の美しいハーモニーが、奏でられる。ルイ・アームストロングの心温まる歌声は観客に大きな感動を与えている。最後を飾る大きな尺玉花火が打ち上げられた。観客が一斉に夜空を見上げる。尺玉花火の迫力に、一斉に感嘆の声が上がる。約1時間にわたって、数千発の花火が打ち上げられた。星空と花火と湖面の相乗効果が印象深く......。花火が湖面に映り反射するメルヘンチックな光景は、エヴァグリーン湖ならではの花火大会だった。
 コロラドの小さな町の独立記念日に夜空を彩った湖畔の花火は、感動的な光景だった。独立を祝う純粋な喜びが、湖面に広がっていた。

 独立記念日の祝日が終わり、閑散期に地下の大広間の整理に着手する。埋もれた家具の中に年代物のアンティーク家具が多数出てきた。本格的に家具目録の写真撮影に入る。アンティーク家具の撮影には、幾つか重要なポイントがあった。
 光量の確保がポイントになったが、アンティーク家具を長時間室外に持ち出し、自然光に晒す訳にはいかない。幸いにも、邸宅内は自然の採光が充分に確保できたが、アンティーク家具の反射を最小限に抑えるライティングの工夫が必要だった。
また、カメラは人間の目と異なり、光源の色により被写体の色味は変わってしまう。撮影環境の光の色に合わせて、被写体の色味を正確に表現する微妙なホワイトバランスの調整がポイントになることも分かった。
 
 室内環境の問題も浮上した。邸宅の室内装飾は、完成度の高い様式美がデザインされている。このインテリア・デザインが家具と喧嘩する。室内装飾と分断する背景素材にシルクの布地を選択した。シルクの柔らかな質感は、アンティーク家具を包み込む優しさがあり、美しさをより一層引き立ててくれる。

 アンティーク家具は清掃されているが、表面の微かな汚れや埃をカメラが忠実に拾ってしまう。清潔な状態の維持と撮影の工夫が必要だった。
 直射日光やスポットライトの硬い光を避け柔らかい光で、微かな汚れや埃が目立ちにくい撮影角度に調整する。流雲は、被写体を包み込むよう安定した「面光源」を確保するために「定常光」と「白色アンブレラ」をレンタルした。
 ASA 400フィルムを用意する。長い年月をかけて醸成されてきた工芸品の風合いを表現するには、高感度フィルムが必要だった。
 全体の形やバランスを表現する「正面と俯瞰」の撮影を基本に、家具の歪みが現れないように撮影アングルをセットする。 流雲はポラロイドカメラをレンタルした。カメラマンのデヴィッドがポラロイドを使用し構図を確認していたのを思い出し、それを活用した。

   春先から続けてきた家具目録の写真撮影が完了した。ウイリアムス教授に家具写真の資料を提出する。
「Tom, We have prepared photographic documentation, but researching the age and style of antique furniture is difficult for us to do alone and requires the assistance of experts....... アンティーク家具の年代や様式の調査は我々だけでは難しく、専門家のサポートが....... Please consider if you would like to continue creating documentation.」
「Ryu, Great photo of a beautiful piece of furniture. It's hard to believe it's an old piece of furniture. All right, I'll put it on the agenda for the University meeting...... 流石、綺麗な写真だね。古い家具とは思えない出来栄えだね。分かった、大学内の会議の議題に掛けるよ」
「Tom, Thanks. I enjoyed this photoshoot too.」

 数日後、ウイリアムス教授から新たな指示が与えられた。
「I've asked Mrs. Gregory for support in preparing the furniture inventory documents, so you two can follow up......家具目録資料の作成にサポートをグレゴリー夫人に依頼したから、2人でフォローして......」
 グレゴリー夫人は、エヴァグリーンとボウルダーの2つの町でアンティーク・ショップを経営していた。夫人に連絡するとエヴァグリーンのショップで会うことになった。
 ホーリーと一緒にエヴァグリーンに出掛ける。夫人のショップは、町の中心の一角にある。ショップ前のアスペンの街路樹が陽光を受けて黄金色に輝き揺れている。ショップの入口に「Evergreen Antique Appraisal Gallery」の看板が掲げられている。店内のガラスケースには陶器や置時計などが飾られ、アンティーク家具や絵画がギャラリーのように展示されている。グレゴリー夫人の背後の壁には、国際鑑定士協会「ISA」とアメリカ鑑定士協会「AAA」のロゴ入りプレートが掲げられてあった。

 挨拶を済ませて、邸宅の家具調度品の写真資料を手渡すと ......「Nice photo. The details are also well-taken. Who took these?」
「I took this photo with a cross, you can see as much detail as possible.」
「Good. So why do you want from me?」
「We would like to know the style and age of antique furniture.」
「I'm interested too, though. How much time do you have? It seems like there are quite a few.......私も興味はあるけど。どれくらい急いでいるのかしら?だいぶ点数があるから.....」
するとホーリーが「Time is not a rush, but the budget is not very generous ......?」
「Holly, Professor Williams told me about it, so I'll keep it for you. Also, Ryu, right?.....それと、Ryu,でしたよね...... Could you do me a favor and take some photos of my antiques in my store, for which I will pay you, of course!......私のショップのアンティークの写真を撮影してもらえないかしら、もちろんお金はお支払いしますよ」
「Mrs. Gregory, I am a foreign student working at the Phipps  Mansion and I was wondering if I could work.....? I need to talk to Dr. Williams.」と、答えて回答を保留する。

 ウイリアムス教授に相談すると「Hmmm...... I think it's a good idea because, during the summer period, there will be fewer events at the mansion.」
「How about the issue of working hours.....?」
「Ryu, This is my advice, but I don't think you are obligated to a photography job......写真撮影の仕事を報告する義務はないと思うよ...... And I think they should be paid in cash......それに現金で支払ってもらえば......」と、アドバイスをもらう。

 翌日、仕事の承諾を伝える。夏休み期間中に、アンティーク家具の写真撮影の仕事に従事する。久し振りの写真撮影に没頭する充実した日々を過ごしたが、厳しい現実を知らされた夏休みでもあった。



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