見出し画像

(ゴダールの、あるいはオルガの)天国

–J. L. ゴダール監督「アワー・ミュージック」Blu-ray発売記念(勝手に)-

「天国」の美しさ ジャン=リュック・ゴダール『アワーミュージック』


 たとえば、一面に広がる草たちの緑、女が身に纏う赤いスカート、湖水の流れ、ざわめき、水兵たちの気だるさ、ボールのないビーチバレー。これらが固定ショットと水平移動で捉えられる時、私たちはいまここが此岸であることを確認する。なぜなら、画面に広がるそうした光景は、言うまでもなく私たちが慣れ親しんでいる場所ではないからである。それは単に、画面に広げられた「イメージ」と「私たち」との距離が遠く離れているから、だけではない。これ以上の「天国」(のイメージ)は、現在、「私たち」には想像し得ないからである。
 だからと言って、「私たちの音楽(Our music)」=Notre musiqueと名付けられたこの映画が「天国」ばかりを描いているわけではない。「王国3 天国」という第3章はわずか8分に満たない映像で、それ以外の映像そのほとんどが「この世」=地獄=煉獄のイメージからなっているからだ。
 この世は地獄。そう断言する老人の鈍い声は、決して悲嘆に暮れているわけではない。しかし、常に現在を生きる我々にとってこの老人の声は、もう2度と鼓膜に響くことがないものとなってしまった。
 その「2度と響くことのない声」の持ち主である老人は、頭をぶつけながら、電話のコードを伸ばしながら、オルガの死の知らせを聞く。彼女から受け取ったはずのDVDは、今どこにあるのだろうか。
 第三部=天国はだから、人生を全うした人のためにあるものではない。道半ばで死んだその女は、何かに導かれるように水面へと向かう。


後日談

 実は、「アワーミュージック」には後日談があって、最近公開された、ジャン=リュック・ゴダール監督の「最後の」監督作品、「ジャン=リュック・ゴダール/ 遺言 奇妙な戦争」で、その映像の一部が使われたのである。遺作「奇妙な戦争」は、「もう2度と制作、公開されることのない映画の予告編として」公開された。なんてゴダールらしいのだろう。この「贅沢な予告編」(しかし2度と公開されない映画)を、『ご冥福をお祈りします』と言う前に、もう一度角膜に映して来ようと思う。

いいなと思ったら応援しよう!