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瑛美、由美、今日子、いつかの教室。

廊下側の窓から教室を眺めている瑛美。中には見るからにうるさそうな由美と今日子が立って話している。

ああ、入りたくない。と思うものの二人のせいで入れないのは癪に障る。意を決して、教室のドアの取手に手をかけると、

今日子「瑛美瑛美瑛美」

瑛美「やかましい」

今日子「聞いて聞いて聞いて」

瑛美「聞かないと言っても喋るんでしょ。じゃあ、どうぞ」

由美「いいよ聞かなくて」

由美が距離を取りながら言う。二人は別に仲が悪いわけじゃない。

今日子「そこのすっとこどっこいが私がもてないと決めつける」

瑛美「・・・・・・ん?」

今日子「なにその明らかに文字にしたら『・・・・・・』っていう感じの間は」

瑛美「え、いや、聞きたい?」

今日子「ごめんこうむります。なによなによ、二人して、そういう、え、私ってそういう扱い受けるわけ? もう帰りたいんだけど」

由美「帰ってよし」

由美が釈由美子のようなポーズで廊下を指差す。

今日子「由美、そういうのはねいじめっていうんだよ」

由美「瑛美から言ってあげてよ、愛でしょ、ね、愛でしょ」

瑛美「あのさぁ、朝から何よ。この騒がしさは。正直頭が起きてないからね。8時間後にもう一度やり直して」

今日子「それはもう放課後でしょ。私達帰宅部だし、え、なに、放課後にもう一度やり直せってなに。私それまでもやもやしていればいいの」

由美「今度の小テストってさ、範囲どこだっけ?」

由美が自席に戻って振り返りながら瑛美に問う。

瑛美「小テスト? いつの?」

由美「いつの、って」

由美、遠い目をして、それはどこかTwitterで流れてきたチベットスナギツネを彷彿とさせるような遠い目をして壁にかかっている時計を見る由美。暫く無言が続くので、仕方なく同じように時計を見やる瑛美。

由美「1限目のやつ」

瑛美「なに! 今の間はなに!? 1限目、今日の??」

由美「明日の1限目の話なんかしないよねぇ。今日子」

今日子「勿論私も便乗してその回答待ち。そもそも1限目ってなんだっけ?」

瑛美「お前らそこに直れ、いや、そもそも立て。それは休めだろうが!!!」

由美「鬼軍曹、鬼教官がここにいるよ」

今日子「由美が変なこと聞くからでしょう。私はただ便乗してるだけなのに、なんで怒られるの?」

由美「それは両者の目的が同じだからじゃない?」

瑛美「怒られている人間が私を無視して私語をするなぁ」

頭を抱えるものの、ノートを開く瑛美。あと数十分後にはテストが行われる。それでも、きっと無駄だと思いながらも範囲を教えてあげようとしている自分の優しさについ笑いがこみ上げる。

ノートを繰る指、繰る、また繰る、繰る、繰る、、、、、静かに動きが止まる。そしてノートを静かに閉じる瑛美。その様子を黙ってみている由美と今日子。

瑛美「さてと。2限目は古文かぁ。上杉先生の授業って面白いよねぇ」

今日子「ちょいと瑛美さん」

由美「ちょいちょい瑛美ちゃん」

瑛美「なによ」

今日子「なんか大きく現実逃避、話しそらしにかかっているところごめんなんだけど、私達テスト範囲待ちなんですけど」

瑛美「・・・テストってのはね、範囲を知っているからとかじゃないの。普段から勉強していることの確認なのよ。範囲なんてものは知らなくてもいいのよ」

今日子、天井を眺めている。まるでそこに解けない数式が在るかのように目を細めて何かを考えている。由美は窓の外に視線をやり、何か小声で呪文のような言葉を紡ぎ始めた。

瑛美「あのぉ、ねぇ、だから範囲なんてものはない!」

由美「あるでしょうよ、ありますでしょうよ、ないって、ないってあなた」

今日子「ないんじゃない、これは、これは、これはだね、、、、知らないんだ!」

瑛美、黙って自席に座る。大丈夫、私はテスト勉強はしたはず。範囲はうろ覚えだけど、大丈夫、やれるはず。だから二人には負けない。まさかこの二人とともに赤点とってとか再テストなんてことにはならないはず。・・・

今日子「瑛美、同じ、だね」

由美「そうそう。こういうときもあるよ、大丈夫、一緒に再テスト、がんばろう」

瑛美「なんで私まで赤点取ることになってるの? 私はあなたたちとは違うんだからね。巻き込まないでほしんだけど」

今日子「でもそんなに成績良くないよね。80点とか取れないでしょ。取ったことないでしょ」

由美「今日子、それは決めつけだよ。瑛美だって取ったことが在るかもしれない、小学生時代とかに」

瑛美「勝手に遡るな、そこまで前じゃない、・・・」

由美「確定。その沈黙、確定」

瑛美「無念!」

今日子「テストのこと考えてたらおなか減っちゃった」

由美「コンビニでも行ってくれば」

今日子「でもみつからないかな」

由美「今日子って星座なんだっけ?」

今日子「しし座。かわいいよねライオンキング」

由美「じゃあ裏門から出たらいいよ」

今日子「なんで?」

由美「めざましの占いで言ってたから。『しし座のあなたはこっそり裏門から抜け出せば誰にも見つからずにコンビニに辿り着けるでしょう』って。ラッキーアイテムはハチマキだって」

今日子「じゃあ、裏門から行ってくる」

由美「おきをつけて」

今日子、廊下に飛び出していくのを見送って。

瑛美「ねぇ、」

由美「うん?」

瑛美「嘘でしょ」

由美「何が?」

瑛美「占いの結果」

由美「占いなんてのはね信じるか信じないかなのよ。気持ちの問題なんだから」

瑛美「今日子。ご愁傷さま」

由美「それはいいとして」

瑛美「いいのかねぇ」

由美「お願いしてたやつって持ってきてくれた?」

瑛美「ああ、太宰?」

由美「それそれ。治ちゃんの本」

瑛美「一応家にあったやつ持ってきたけれど。読むの?」

由美「だって読書感想文あるでしょ」

瑛美「だって夏休みの宿題でしょ」

由美「今から読み始めないと読み終わらないからさ」

瑛美「どんだけかかるのよ」

由美「ざっと数ヶ月。春から夏にかけて読み続けるわよ」

瑛美「読み終わらないに3000点」

由美「読み終わるに500万点」

瑛美「一気にばかっぽい」

由美「失礼な」

瑛美、カバンから本を取り出して由美に差し出す。

瑛美「ほら」

由美「サンクユー」

瑛美「ばかっぽい」

由美「ばかばか言わないでよ、ほんとに馬鹿みたいじゃない」

瑛美、目を細めて由美をみる。何かを理解したかのように頷いてみる。

由美「なに、今何に納得しましたか瑛美さん」

瑛美「虹、出るかな」

由美「はぁ? こっちを向け瑛美。まず私が馬鹿だって言ったことを撤回してもらいましょうか」

瑛美「それが正しい行いならね」

今日子「ちょ、先生、違うんですって、いや、ほら、そこにコンビニがあるけれど、私そこに行こうとしてたわけじゃなくて、ほら、ハチマキ見てください、どうですか? あ、痛い痛い、そんなに引っ張らないで、肩抜けるぅぅぅぅ」

という今日子の声が窓の下を通過していくのが教室の二人の耳に届くがその表情は変わらない。

瑛美「夏がもうすぐ来るねぇ」

由美「来るよ。今年も来年も、その時が来れば、来るんだよ」

窓を開ける由美。心地の良い風が教室に入ってくる。白い雲が青空にゆっくりと棚引くのを二人はただただ見つめていた。

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