選手としては無名。それでもスペイン2部のプロクラブに入った①
本編スタート。タイトルほぼ同じやけど。
それまでの話はこちらから。
スペイン1年目から書いてたら終わりが見えないので、今回から自分がスペイン2部のクラブで指導した話に突入。
自分がどのくらい選手としては無名だったかはこちらから
指導歴
スペインでは2つのプロクラブで仕事をさせてもらった。
1つ目はADアルコルコン
2つ目はCDレガネス
2クラブとも2年間、合計で4年間。
アルコルコンではカデーテB(U15-16)、フベニールC(U16-19)
レガネスではセニョールC(U21)を受け持った。
なぜ入れたか
ぶっちゃけコネ
カラバンチェル時代のGMに入れてもらった。
こう言ってしまえば終わりだが、コネクションは大事。
だいたい誰も知り合いもいない状態でスペイン来てコネができただけもすごいと思う。
雇う側と雇われる側、クラブのGMはコーチ、監督の力量と予算がマッチすれば、雇ってもらえる。
アルコルコン、カデーテB
入った後わかったけど、カデーテBはお世辞にも強いとは言えなかった。
プロクラブとはいえ、カデーテリーグ1部を一学年下の年代で戦う戦力はなかった。
それでも伸び代がある選手は、ちらほらいたので彼らの成長が残留を左右することになるだろうなと思っていた。
カデーテ1部リーグ
当時は2グループ16チーム
レアル、アトレティコ、ラージョ、レガネス、ヘタフェ、など錚々たるクラブのA、B、さらには街クラブでも有名どころのAチームが名を連ねてた。こういったクラブはカンテラ出身の選手が多い。フィジカル的にも差が出る中、この学年差を埋める手立てを模索したのだった。
リクルート失敗
古巣カラバンチェルからFWを連れてきたいと上と掛け合った。プレシーズン中でもうすでに契約は済ませていたけれども。正確に難はある選手だけど、点は取る。一つ上の学年ということはネックだった。検討してもらったもののタイミングと年齢で却下された。
ちなみにこの選手は翌年ユース1年目ながら大人のカテゴリー(5部)でデビューして、別クラブへステップアップしていった。
開幕
プレシーズンを過ごして、厳しいシーズンになるだろうな、と思った。10人は戦える選手だった。だが残り選手は差が大きい。しかもアルコルコンはメンバー固定を良しとしてくれなかった。連続招集外もなし。学年的にも、リーグレベル的にも、それは正直言って難しいでしょ。
泣き言言っても始まらないけど、泣きたくなっていたのは事実。