通勤電車のなかの女装おじさん
もうずいぶん前のことだが、通勤電車のなかで印象に残っている出来事がある。
私が毎朝乗る電車の車両には、いつも「女装の大柄なおじ様」が乗っていた。彼女(?)と私はいつも同じ駅から同じ車両に乗り込んでいた。
その日もおじ様はきれいにメイクをして紫色のワンピースにハイヒールを履いていた。
地方のJR線とはいえ通勤時間帯はそこそこ混んでいるから、そのおじ様と私はいつも吊革につかまって立っていた。
ある日、私達が乗り込む車両にセーラー服におさげ髪の女子高生が乗り込んできた。彼女は私の横をすり抜けておじ様の横に行き吊革につかまった。ちらりと見た横顔が、なんとも青白かった。「随分と顔色の悪い子だな」そう思った時、バターンという大きな音を立ててその女子高生が床に倒れ込んだ。
すぐにおじ様が倒れた女子高生を抱きかかえた。
「あなた、大丈夫!!」
そう言った後、目の前で座っているサラリーマン風の二人に向かって叫んだ。
「ちょっとあんた達、なにボーっと見てんのよっ。席を立って!!」
4人掛けのボックス席に座っていた二人のサラリーマンが、弾かれたように立ち上がった。
おじ様はひとりのサラリーマンに向かって言った。
「ちょっとあんた手を貸しなさいよ、この子をここに寝かせるんだからっ!!」
サラリーマンはびっくりしたような顔で女子高生の後頭部に手を添えたのみだった。おじ様がほとんど独力で女子高生を抱えて空いた座席に横たわらせた。
更にもうひとりのサラリーマンに向かって
「車掌さんを呼んできてちょうだい!!」
と大声で指示した。
言われたサラリーマンは、上司に命令されたかのように先頭車両に向かって走り去った。
女子高生は意識はあるようだがグッタリしていた。
車掌がかけつけるまでの間、おじ様はずっと女子高生に声をかけていた。
「大丈夫?横になっていれば少しは楽になるからね。おうちの方に連絡した方がいいわね。」
その女子高生は、次の駅で降りた。駅のホームには車掌から連絡を受けた駅員が待っていた。彼女はフラフラと降りた後、駅員に促されてホームのベンチに座った。
電車は何事もなかったように次の駅に向かって走り出した。
勤務先が変わった私は、この出来事の翌日からおじ様と同じ電車には乗らなくなった。
なのに今でも時々思い出す。そして考える「あのおじ様はお元気かしら」と。