美咲の恋人
美咲が死んだ。
杉並区にある自宅マンションのバスルームで亡くなっていた彼女は、大量の睡眠薬とアルコールを摂取しながらバスタイムを堪能していたという。
自殺ではなく不運な事故。松丸悠也はそう確信していた。
家族を亡くしているとか、借金を抱えているとか、風俗で働いているとか、整形に失敗したとか、そんな事は死の理由になどなり得ない。
警察から松丸の元に連絡があったのは、美咲と最後に連絡を取っていたから。
美咲を失ってしまったというのに、少しだけ誇らしく想えた。
連絡したのは『明日』の確認だった。本当なら今頃、松丸は美咲と共に風呂にでも入っていたことだろう。
それももう叶わない。全ては泡となって消えた。
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美咲が亡くなって、1年が経過した。
季節が一巡したくらいで、喪失感は拭えなかった。
次から次へと通過していくイベントたち。日常を彩る為なのか、経済を潤わせる為なのか、季節どころか月毎にある何かしらは、全て美咲を連想させた。
スマホの中の古い画像を開く。ビキニ姿の美咲がそこにいた。日焼けの跡を気にしていた姿が昨日の事のように思い出される。
美咲のブログは既に閉じていたが、然るべき方法を取ることで、消去されたデータへと辿り着く事が出来る。
ブログには俺との想い出が記されている。
「今日もありがとう」
文章は当たり前のように、美咲の声で再生される。
ブログを観ている時間は、現実よりも生を実感出来た。
👨❤️👨
美咲が自殺した原因は、俺にあると確信していた。
あれからもう2年も経つが、あの日の事は一日たりとも頭から離れない。
あの日、俺たちは口論をしたのだ。
俺は美咲の人格に触れるような言葉を発してしまい、それは美咲の琴線に触れた。どれだけ親しい相手であっても、言ってはならない事がある。
俺の言葉は美咲のブログが消去されるまでの短い間、ブログの中に残り続けた。
美咲からの別れの言葉は、メッセージアプリで送られた。
最後のメッセージは「サヨナラまーくん」というものだった。「松丸のま」を取って「まーくん」とは、なんとも美咲らしかった。
その一文を最後に俺からのメッセージを既読しなくなったのは、俺をブロックしたからではなかった。サヨナラは、俺だけに向けられたものでは無かったのだ。
いや、ブロックされていたかもしれないが、答え合わせはもう出来なかった。
その時、スマホの通知が鳴った。
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美咲の居ない世界を3年も生きてしまった。
メッセージアプリを開く。『メンバーがいません』さんとの最後のやり取りは、「まーくんおはよ」と言うものだった。
俺は3年も眠ったままだった。
犯人を捕まえる。そう決めていた。ある男の噂を耳にしたのだ。元は感じのいい常連客だったが、次第に美咲を本物の恋人だと思い込み、次第にストーカー行為へと発展していったのだという。
風俗掲示板にある『美咲スレッド』を開く。3年前は多くの人が書き込みに参加していたが、いまだに書き込みを続けているのは、正人ともう一人だけだった。
その男がストーカー野郎の松丸なのだろう。
店長からの情報で、松丸が警察の取り調べを受けた事までは分かっている。
美咲は自殺などしない。結果として自殺と処理されただけだ。
正人は『美咲スレッド』に『追悼パーティーをしませんか』と書き込んだ。
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パーティー会場へと向かっていた。
会場は主催者の自宅だという。掲示板では3年やり取りしているが、顔も本名も知らない。そんな人物をいきなり自宅に招くなんて、頭のおかしい男だと思った。
3年も執着するなんて、ろくでもないストーカー野郎がいたもんだ。
警察からの取り調べを受けた時、俺は美咲の恋人であるという事実を捻じ曲げてしまった。
美咲がストーカーに殺害された可能性があったからだ。俺達のステディな関係は、警察のフィルターを通す事でストーカー行為にされてしまう可能性が拭えなかったのだ。
俺は一人の常連客として、警察に対応した。
幸か不幸か、俺と美咲の間に残されていた情報は、ただの常連客と風俗嬢の関係としか思えないものだった。
事件は美咲の自殺という形で解決した。
証拠は無いが確信していた。いまだに書き込みをしているあいつが、美咲を殺した犯人だ。
疑念を抱きながら、呼び鈴を押す。ごくごく普通のマンションの玄関が開いて、室内へと招き入れられた。間取りはわかっていた。玄関から続く廊下には、バスルームの扉がある。変わらない。あのバスルームで美咲は死んだ。
ここは美咲の住んでいたマンションだ。その家に住むなんて、この男は異常者だ。
だが犯人ではない。いや、犯人がいるとすれば、美咲を自殺まで追い込んだ常連客の事だとも言える。
リビングには家主が作ったであろう、美咲のポスターが貼られていた。
店のホームページに載っていた写真を引き伸ばしたのだろう。
ああそうなのだ。この男も間違いなく、美咲の恋人だったのだ。
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風呂に浸かりながら、酒を飲み、腹一杯食べる。頃合いを見計らって全てを吐き出す。それでリセットだ。
ひとりぼっちの不安も、減らない借金も、整形の失敗も、私を恋人だと思い込んでいるイタ客も、全部リセットだ。
いつもならリセット出来るのに、今日はもう少し酒が必要だった。イタ客の1人が、店のブログにプロポーズの書き込みをしたのだ。
人生初のプロポーズが、あんな奴だなんて最低だ。NGにして貰おう。
幸せになりたいな。もう少しだけ飲もう。