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「〇〇散らかす」について「書き散らかす」

脚本家・今井雅子先生が書かれた短編小説『膝枕』の外伝「膝枕ナビコ」シリーズの一つにこんなセリフがある。

ナビ主「それ誘ってるよね? 誘っておいてはぐらかすのってどうなの?」 ナビコ「ナビコ、禿げ散らかしてなんかいません!」

「禿げ」は頭髪が少ないことを指す。「散らかす」はものを乱雑に置くことだ。「禿げ」を「散らかす」とはどのような状態なのか。比較的新しい語であると考えられるので、最近5年以内に出版された国語辞典で調べてみた。調べた辞典の一覧は参考文献の項目にまとめている。

国語辞典にはどう書いてあるか

「はげちらかす」を独立した項目として立てているのは『三省堂国語辞典 第八版』(三省堂、2022年)だけだった。『三省堂国語辞典』は「辞書は”かがみ”」という立場を一貫して取っており、いわゆる新語を積極的に採録している。

はげちらかす【はげ散らかす】〔俗〕
[1][禿げ散らかす]①少ないかみの毛が、めちゃめちゃに乱れる。また、ひどくはげる。「はげ散らかした人」
②〈めちゃめちゃな/はげしい〉状態になる。「トークが—」
[2] (造) 程度がはげしいようす。「二人で語り—」
▷[1][2] 21世紀になって広まったことば。「はげ散らかる」とも。

『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2022年

[1]の②および[2]の意味での「はげ」は「激しい」を省略したものだろうか。「語りはげ散らかす」などという使い方は初めて聞いたが、実例があるのだろう。

次に接尾語としての「散らかす」を調べてみた。

ちらかす【散らかす】
[2] (造)〔俗・方〕さんざんに…する。「ほめ—・笑い—」

『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2022年

ちらかす【散らかす】
③(動詞の連用形の下に付いて)ばらばらにちらかるようにする。荒々しく…する。「食い—」「蹴—」「書き—」

『大辞林 第四版』三省堂、2019年

「散らかす」もまた動作を強調する役割の担っていると考えられる。

一方、同じく三省堂から出ている『新明解国語辞典 第八版』(2021年)における「散らかす」の項目には従来の語釈のみがシンプルに記載されていた。

意外だったのは『明鏡国語辞典 第三版』(大修館書店、2021年)だ。この辞典は比較的新しい語、俗語を積極的に取り入れている。しかし「はげちらかす」は独立項目としてはおろか「ちらかす」の用例にも入っていなかった。

ちらかす【散らかす】
[1] 散らかるようにする。「荷物で部屋を—」
[2]  〈動詞の連用形に付いて複合動詞を作る〉無秩序に…する。荒々しく…する。やたらに…する。ちらす。「蹴—・書き—・食い—」
[使い方][1] [2]とも、マイナスに評価していう。

『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年

あの芸能人も「はげちらかす」と言っていた!?

「はげ散らかす」がいつ頃から使われていたのかを調べてみると、『三省堂国語辞典』編纂委員の1人である飯間先生の用例採集に行き着いた。それによれば、

※用例採集の記録を確認したところ(はげちらかす/笑っていいとも!増刊号・2007.8.19 発言者・Gackt)となってました。(飯間)

KYは使われ始めて10年目?~三省堂「今年の新語2016」とは?(デイリーポータルZ)

どのような文脈で発言したのか、気になるところだ。

さらに、「散らかす」という言葉の転用についても話が進んだ。

西村 「歌い散らかす」、「エモ散らかす」ともいうのか。
飯間 「エモ散らかす」ってのは「すごくエモい」ってこと?
西村 そうですね。「散らかす」が「超◯◯」みたいな強調語になってるんです。
飯間 ちょっと前までは「ハゲ散らかす」にしか使わなかった言葉が、最近何にでもつくようになってきたと。そうですか。これは注目すべきかもしれないですね。
古賀「萌え散らかす」なんてもいいますね。

KYは使われ始めて10年目?~三省堂「今年の新語2016」とは?(デイリーポータルZ)

『比べて愉しい 国語辞書 ディープな読み方』などの著書があるながさわさんの記事でも「○○散らかす」が取り上げられている。

7位 ○○散らかす

 ちらか・す[散らかす](他五)〔動詞のあとについて〕①きたならしく…する。「はげ―」②ひじょうに…する。「切れ―」

最近、「散らかす」が造語力を得て、従来はつかなかった動詞にも複合するようになりました。当初は「ハゲ散らかす」のようにきたならしい印象を表していましたが、転じて「キレ散らかす(激しくキレる)」「すべり散らかす(ギャグがめちゃめちゃにすべる)」など、単に強調する意味に拡大しています。

ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2019(四次元ことばブログ)

「キレ散らかす」は怒り心頭の人が誰彼構わず怒鳴りつけているような絵が思い浮かぶ。「すべり散らかす」からは、「お前この空気どうやって回収すんねん」というセリフが飛び出すだろうか。とにもかくにも、散らかったものを拾い集めるというのは大変な労力が必要なのだ。それは文章を書くときにも同じである。様々な資料を適切に料理し、一つのまとまりを持ったストーリーを作り上げるという作業をしなければ、何が言いたいのかよくわからない「書き散らかした」文章ができてしまうのである。

参考文献

国語辞典

『岩波国語辞典 第八版』 岩波書店、2019年
『旺文社標準国語辞典 第八版』旺文社、2020年
『学研現代新国語辞典 第六版』学研、2017年
『学研現代標準国語辞典 第四版』学研プラス、2020年
『広辞苑 第七版』岩波書店、2018年
『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2022年
『新選国語辞典 第十版』 小学館、2022年
『新明解国語辞典 第八版』三省堂、2021年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
『見やすい現代国語辞典』三省堂、2020年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年
『例解新国語辞典 第十版』三省堂、2021年

ウェブサイト

「KYは使われ始めて10年目?~三省堂『今年の新語2016』とは?」(デイリーポータルZ)

「ぼくのかんがえたさいきょうの今年の新語2019」(四次元ことばブログ)

ヘッダー画像はいらすとやさんより。


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