膝枕外伝 膝十夜「第三夜」
まえがき
こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。
第三夜もほぼ男のモノローグです。箱入り娘膝枕のセリフが少しあります。
今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)
二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど
膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)
第三夜
こんな夢を見た。
箱の中に入った膝枕を抱えている。お姫様抱っこの格好だ。たしかに自分の娘である。ただ不思議な事にはいつの間にか膝頭がすりむけて、傷だらけになっている。自分が御前の膝はいつ傷ついたのかいと聞くと、昔からですわと答えた。声はAIの声に相違ないが、言葉つきはまるで人間である。しかも尊大だ。
左右は土蔵である。路は細い。蝉の影が時々闇に差す。
「伊丹へかかったわね」と胸元で言った。
「どうして解る」と顔を膝枕の丹田へ近づけるようにして聞いたら、
「だって蝉が鳴くじゃありませんか」と答えた。
すると蝉がはたして鳴いた。
自分は我が娘ながら少し怖くなった。こんなものを抱いていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣る所はなかろうかと向こうを見ると森の中にゴミ捨て場が見えた。あすこならばと考え出す途端に、箱の中から、
「ふふん」と言う声がした。
「何を笑うんだ」
箱入り娘は返事をしなかった。ただ
「重くないですよね、重いはずがありませんよね」と聞いた。
「重かあない」と答えると
「今に重くなりますよ」と言った。
自分は黙ってゴミ捨て場を目標にあるいて行った。路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股になった。自分は股の根に立って、ちょっと休んだ。
「アメジストが立っているはずですけれどね」と彼女が言った。
なるほど直径1.3メートルのアメジストが腰ほどの高さに立っている。表には左膝窪、右こどもむらとある。闇だのに赤い字が明らかに見えた。赤い字は血液のような色であった。
「ここを左です。左です」と膝枕が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ投げかけていた。自分はちょっと躊躇した。
「遠慮しないでもいいわ」と彼女がまた言った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく膝枕のくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、胸元で、「どうも膝枕は不自由でいけないわね」と言った。
「だから抱えてやるからいいじゃないか」
「抱えていただくのは当然ですけれども、どうも人に馬鹿にされていけません。親にまで馬鹿にされるからいけません」
何だかいやになった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解ります。――ちょうどこんな夜でしたね」と顔の下で独り言のように言っている。
「何が」と際どい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃありませんか」と彼女は嘲るように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然とは分らない。ただこんな夜であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。雨はさっきから降っている。自分らは濡れそぼっている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ胸に小さい膝小僧がくっついていて、その膝小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照らして、寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の娘である。そうして膝枕である。自分はたまらなくなった。
「ここです、ここです。ちょうどその栗の根のところです」
雨の中で箱入り娘の声は判然聞こえた。自分は覚えず留まった。いつしか森の中へ入っていた。13歩ばかり先にある黒いものはたしかに箱入り娘の言う通り栗の木と見えた。
「御父様、その栗の根の処でしたわね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「月桼13年幸年でしょう」
なるほど月桼13年幸年らしく思われた。
「貴方が私と癒着したのは今からちょうど130年前でしたね」
自分はこの言葉を聞くや否や、今から130年前月桼13年の幸年のこんな闇の夜に、この栗の根で、1人の箱入り娘膝枕と癒着したと言う自覚が、忽然として頭の中に起った。おれは人でなしであったんだなと始めて気がついた途端に、箱の中の膝枕が急に石地蔵のように重くなった。
あとがき
今回参考にさせていただいた作品です。
市河大河作『石枕』
文:今井雅子、絵:島袋千栄『わにのだんす』
履歴
2022年11月15日 第三夜公開。
2022年11月21日 第三夜、第四夜を一度に膝開き! おもにゃんさん、ありがとうございました!
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に全編通してお読みいただきました! ありがとうございました!
2022年11月29日 本文を修正。縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月8日 第二夜・第三夜を酒井孝允さん(膝番号109)の語りに山口三重子さん(膝番号129)が即興でピアノを演奏してくださいました! ありがとうございました!
2023年1月20日 「うきと朗読人達の朗読部屋」の中でYukoさん(膝番号65)にお読みいただきました! ありがとうございました!
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