膝枕外伝 膝十夜「第六夜」
まえがき
こちらは、脚本家・今井雅子先生の短編小説「膝枕」の2次創作です。夏目漱石の『夢十夜』に膝入れしました。
原作の第六夜は個人的に好きな話なので、雰囲気を壊していないか心配です(今更)。
今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)
二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど
膝枕外伝 膝十夜(原作:夏目漱石、膝入れ:やまねたけし)
第六夜
膝屋の久五郎が膝紋寺の山門で仁王膝枕を刻んでいるという評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。
山門の前13メートルくらいの所には、大きな赤松があって、その幹が斜に山門の甍を隠して、遠い青空まで伸びている。松の緑と朱塗の門が互いに照り合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障にならないように、斜に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出しているのが何となく古風である。膝麻倉時代とも思われる。
ところが見ているものは、みんな自分と同じく、令和の人間である。その中でも声の職人が一番多い。収録の合間に立っているに相違ない。皆仮面で顔を隠している。
「見事なもんだなあ」と言っている。
「人間をこしらえるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも言っている。
そうかと思うと、「へえ仁王膝枕だね。今でも仁王膝枕を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王膝枕はみんな古いのばかりかと思ってた」と言った男がある。
「どうも強そうですn。なんだってえますz。昔から誰が強いっt、仁王ほど強い膝あ無いって言いますz。何でも阿修羅膝枕よりも強いんだってえからn」と話しかけた男もある。この男は言葉尻を端折って、面を被らずにいた。声の仕事をしていない男と見える。
久五郎は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王膝枕の腰の辺をしきりに彫り抜いて行く。
久五郎は頭に鉢巻を巻いて、背中に「久」の文字を入れた半纏を襷で括っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい言ってる見物人とはまるで釣り合いが取れないようである。自分はどうして今時分まで久五郎が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
しかし久五郎の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは久五郎だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王膝枕と我とあるのみという態度だ。天晴だ」と言って褒め出した。
自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在の妙境に達している」と言った。
久五郎は今太い皺を彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜に、上から槌を打ち下した。堅い木を一刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら、怒り膝の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらんように見えた。
「よくああ無造作に鑿を使って、思うような腰や膝ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独り言のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは腰や膝を鑿で作るんじゃない。あの通りの腰や膝が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と言った。
自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王膝枕が彫ってみたくなったから見物をやめてさっそく家へ帰った。
道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての金次郎抗争であふれた手頃な薪が、背負子にたくさん積んであった。
自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めてみたが、不幸にして、仁王膝枕は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王膝枕はいなかった。自分は背負子の薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。ついに令和の木にはとうてい仁王膝枕は埋まっていないものだと悟った。それで久五郎が今日まで生きている理由もほぼ解った。
あとがき
今回参考にさせていただいた作品です。
履歴
2022年11月18日 第六夜公開。
2022年11月22日 中原敦子さん(膝番号68)に膝開きいただきました! ありがとうございます!
2022年11月30日 縦書きpdf原稿を追加。
2022年12月17日 酒井孝祥さん(膝番号109)が読んでくださいました! ありがとうございます!
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縦書きpdf原稿
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