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アブダクションが人間とAIを繋ぐ

イノベーション経営時代のナレッジマネジメント再構築---Part 4 KMとAI

知識経済社会の組織への転換

イノベーション経営の基盤は、広義のナレッジマネジメント(KM)、つまり組織の知力の基盤です。これが日本企業の場合、かつてと比べ失われ、また近年は世界に大きく出遅れていたのでした。

よく「日本企業にはイノベーションが向かない」といった何の根拠もない意見が聞かれます。背景には、現在の日本企業が失敗を恐れたり、既存顧客への貢献を最優先し、大胆な(リスキーな)イノベーションへの投資など行わなくなった。あるいは高齢化による活力喪失などもあるようです。しかし、根底に工業社会的な、モノや効率性を基盤とする「経営信条」があるのではないかと思われます。それが効率を最重視し、失敗を極度に避ける。しかし、そうこうしているうちに、日本企業の優位性は失われ、そこで働く、主として若年層は未来への希望を抱けなくなっているのです。

KMの本質的な役割・目的は、持続的にイノベーションを興せるような、知識経済社会の組織への知の転換だといっていいでしょう。それは、個々が組織に属しながらも自律的に協力しあい、知識創造できる仕組みや「場」をつくることです。

何といっても、イノベーションの中核とも言える、試行錯誤活動すなわち知識創造の理論は日本企業の製品開発の研究から生まれたものだったのですから、再考(再興)の余地はおおいにあると言えます。
一方、KM自体も、従来のように過去の知識の共有に重きを置くのでなく、知識創造のための、動態的な知識創造を支援する場づくりが重要になっています。知識第一主義など、知のあり方の転換にも示されるように、能動的な知識探求やその創造を中核に置くようなKMのあり方が求められています。

ここで、AIが大きな役割を担うということになります。そして、そのキーワードが、第三の推論の方法論としてのアブダクションなのです。

従来のKMは演繹法と帰納法

従来のナレッジマネジメント(KM)では、組織内に蓄積されたり活用されたりする知識の正当性(確かさ)を確保するために、演繹法と帰納法が主要な検証の方法論として用いられてきたと言えます。
例えば、顧客対応マニュアルなどの知識を部門内で共有・活用しようとする場合、業界や自社の過去のベストプラクティスを集めます。それらを見習って、より良い顧客対応のロジックを組み立て、それに沿って情報を整備します。これは一般的な理論を具体的な業務に適用しようとする、演繹的な推論思考(理論から個別へ)です。
一方、逆に、帰納法は、具体的な事例やデータから一般的な法則や理論を導き出す推論方法です(個別から理論へ)。現場から収集されたデータや経験を分析し、共通する知識や手法を構築・検証する際に用いられます。例えば顧客の購買履歴やフィードバック、競合製品の性能などの具体的なデータを収集し、顧客が高性能かつ低価格の製品を好むロジックを見出そうとする、という場合です。
こういったKMで求められるのは正しい知識、すなわちJTB(正当化された真なる信念)の形式に沿ったものです。知識を組織全体で共有し、業務改善や戦略策定に活用していく、そしてその効果を評価するために、モニタリングし、期待通りの成果が得られているかを確認する・・・。
以上は科学の世界の論理分析的な知のあり方に対応するものです。

一方、イノベーション経営の基盤となるKMに求められるのは、知識創造を駆動することです。演繹法と帰納法とは異なる第三の論理であるアブダクション(Abduction)は、観察された事実から最も合理的な仮説を生成する推論形式です。KMにおいて、AIは(人間の)仮説的な知の検証の助け、そしてAIによるデータ駆動型の洞察という、二面性の役割を果たします。

アブダクションが人間とAIをブリッジングする

1.アブダクションは、限られた情報から最も妥当と思われる仮説を導く推論形式であり、その結論はしばしば飛躍的で直感的なものとなります。人間によるアブダクション(仮説的推論)、つまり人間が立てた当てずっぽうの新しい仮説形成をAIが支援することは可能でしょうか。新しい視点やアイデアをさらに展開する上で、バイアスにとらわれないA Iは活用できそうです。知識創造プロセスの中で言えば、特に暗黙知の形式知化の段階で重要な役割を果たすでしょう。観察された事象やデータから最も妥当な仮説を導き出す推論支援として、創造的なアイデアや解決策の発見に寄与するでしょう。

2.一方、アブダクションによる仮説は必ずしも正しいとは限らない(仮説形成に偏りやバイアスが入りやすい)ので、それを修正、説明する必要があります。AIの提示するアウトプットも同様に多分に「怪しい」。そこで「説明可能な人工知能(XAI)」は、こうしたアブダクティブな結論に対して、その推論過程を説明・可視化することを目指します。XAIにおいては、モデルの透明性の確保(シンプルなモデルの採用、複雑モデルの解釈手法の導入、推論プロセスの可視化、データフローの追跡、意思決定経路の提示、ユーザー教育とフィードバックの活用、継続的な評価・改善)が望まれます。

レトロダクションとしてのアブダクション

アブダクションはしばしばレトロダクション(retroduction)とも称されます。それはアブダクションが単なる思いつきでないこと、まるで、すでにそうであったかのように、突然出された結論から遡って(レトロ=)、因果説明を可能(=ダクション)とするという推論形式でもあります。コナン・ドイルの小説の登場人物、ワトソン医師が初めてシャーロック・ホームズに会った時に、自分の経歴を言い当てられて驚嘆するという場面が登場します。これはまさしくレトロダクションなのです。

「(私は)君がアフガニスタン帰りという事実を、知っていたに過ぎない。いつもの癖で、一連の思考が一瞬で片づくため、中間を意識せずに結論へ行き着いたのだ。しかし中間がないわけではない。一連の思考を追うと、『ここに医師風の男がいる、だが軍人の雰囲気もする。では軍医なのは明らか。彼は熱帯地方から帰ってきたばかりだ、というのも顔が黒いが、それは地肌ではないし、なにしろ腕が白い。彼は艱難病苦を経験している、やつれた顔がなによりの証拠だ。左腕を負傷している、ぎこちなく不自然な動きをしているからだ。熱帯地方のどこに、英国軍医が苦難を経験し、腕に負傷を受けてしまうような所がある? 導かれるべくは、アフガニスタン。』 すべて一連の思考は一秒に満たない。そして、アフガニスタンにおられた、と僕が開口すれば、君は驚いたという次第だ。」

コナン・ドイル『緋のエチュード』 大久保ゆう訳

これがXAIの役割とも言えます。

動物的知性としてのAI

私たちはAIがディープラーニングによって、何かを発見したり、診断するのを見てその優れた側面を実感するのですが、同時にその過程は往々にしてブラックボックスです。AIはただ一つのゴールに向かって探し続けます。

AIは動物的知識を持つ

米国のプラグマティズムの研究者であるアーネスト・ソウザは、知識には「動物的知識」と「反省的知識」があるといっています。動物的知識とは、犬が裏庭に埋められた骨を見つける(犬があたかもありかを知っているように掘り続ける)ような知識のことです。一方、反省的知識は伝統的な知識と関係が深い。動物的知識はディープラーニング(DL)に関係すると考えられています。
DLは特定の結果を狙って試行錯誤的に、データのコネクションによって学習する。動物的知識と反省的な知識を組み合わせて知識の質を高くすることはイノベーションなどの探索的な活動に適していると考えられます。したがって、アブダクションを通じて、人間とAIの知識がブリッジングされるともいえるのです。それはあるべき目的を、人間とAIが共有していくことでもあります。

当然そこでは試行錯誤における(いわゆる失敗の)フィードバック、絶えざる知識創造活動が前提となるのです。

続く

追記(2025.1.27)
アブダクションについては繰り返しnoteに記してきたが、ではアブダクションという思考を実際どう私たちが行うのか、はブラックボックスとされがちで、直観的な飛躍、といった説明もされる。しかし、このnoteのトップ画像にヒントがある。

比例はアブダクションの重要な技法

それは「比例」の考え方だ。アブダクションはある類推を行うのに「別の世界」「異なる次元」からの視点を強引に引き寄せて行われる。だから今あるデータから厳密に積み上げていく帰納法とは原理的に異なる。今、目の前の世界をA-Bとし、それに直交するA-D(別の世界)をおいて、Pを参照点とした時に、四角形PFBHの面積はa、そして四角形PIDGも同じa。A-Bの世界とは違う世界がA-Dの世界にあらわれる。つまりA-Dの世界のアナロジーである。これは古来からグノーモンとも呼ばれ、創造的類推の技法だった。例えば湯川秀樹博士は場の量子論のアナロジーで中間子論を発見したという。アブダクションにはいくつもの技法があるが、このアナロジーは中でも重要である(参考:紺野『イノベーション全書』第4章19 生きたアイディアを生み出すアート)。








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