「ダイナモ人」が未来への鍵を握る理由(2)
前回に引き続き、一般社団法人知識創造プリンシプルコンソーシアム(KCPC)の思考と活動を共有したいと思います(2021年11月24日のフォーラムの報告にもとづいています)。今回もダイナモ人をテーマに新たなプリンシプルの経営への要請を考えます。
新たなプリンシプルがなければ組織は滅びる
前回の記事の最後では知識創造プリンシプルを9つの行動様式として表現し、それを指標に個人と組織のダイナモ度(=知識創造プリンシプル実践度)を見たのですが、この個人と組織のダイナモ度の違いによって、組織の変革活動がどの程度効果的に進んでいるか、つまり「うまくいっていると感じているか」についても聞いています。組織のダイナモ度の高さによってH層・M層・L層というように分けた時、H層の組織の過半数(50%〜)がうまくいっていると感じ、かつL層に比べて「投資効果」が高い(H÷L)、という変革活動上位5つは次でした(下図グラフ)。
①HR(人事)改革 (59%、11倍)
②SDGsなど社会課題解決(55%、10倍)
③知識基盤整備(ナレッジマネジメント)(55%、10倍)
④DX推進(63%、6倍)
⑤働く場の改革(58%、6倍)
これはあくまで仮説ですが、これらの変革活動が組織のダイナモ化を促進するとともに、変革を通じて活躍の場が広がって、ダイナモ人がさらにその変化を促進するという、「相互強化プロセス」が推測されます。そして、この背後に知識創造プリンシプルが共有されているとすると、知識創造プリンシプルを持った企業や組織ほど変革もスムーズだともいえるでしょう。変革のためには知識創造プリンシプルを具現化するダイナモ組織とダイナモ人がワンセット、なのだといえます。
このことが意味することはなんでしょうか?今、なかなか改革の進まない(進んでいない)企業から、改革が進む、より「可能性のある」企業やスタートアップへと、大きな人材流出(民族移動のイメージです)が止まりません。つまり、ダイナモ組織でない企業にはダイナモ人も育たないし、潜在的ダイナモ人はその組織を去っていくことでしょう。小手先の施策やメッセージでなく、新たなプリンシプルを実践しているかどうかが経営者や企業に問われるのです。
ダイナモ革新のイメージ
なぜKCPCがダイナモ革新(Dynamo Revolution)を重視するのか、あらためて背景となる因果(イメージ)をフォーラムでも紹介しました。
(1)本来の変化とは?
企業・組織含めて、本来いかなるシステムも環境変化に応じて変容、進化するのが望ましいのですが、環境変化が劇的な場合、そこで求められる変容とは、単なる環境適応(多様化や進化)ではなく、相転移(phase transition)と言われる、質的な変化です。たとえていえば、「水が湯になる」のではなく、氷(個体)が液体に、あるいは気体になるような「相」の根本的変化を意味します。別の言葉で言えば、これまでとは違うパラダイムの組織や経営に転換することだともいえます。古い経営システムが新しいシステムに置き換わる必要があるのです。
(2)変化を抑制する古いシステム
ところが、です。現在、社会環境、経営環境ともに相転移つまり質的変化が求められていて、本来企業経営システムにおいても相転移が起きるべきなのですが、その際に古いシステムがあまりに強固に存在し続けていると、こうした新たな経営システムへの変化を抑制してしまいます。こういう状態は、ひたすら時代に合わない、目的も意識もないシステムが慣性で動いている「ゾンビ」状態、大変不快な状態だとも言えるのです。たとえば若手社員が未来ビジョンを描いても、既存のシステムにおいて自分たちが生きることだけを考える古参がそれらの試みを退ける、というのはよく聞く話です。同じく、最近日本企業では「ジョブ型」導入などが言われていますが、単にこういった新たな経営システムを導入しようとしても、古いシステムが優勢のままである限り、思うようには浸透しないでしょう。そこには変化の触媒が必要なのです。
(3)変革を加速するダイナモが活きる場をつくる
そこで、環境や時代の変化にシンクロするのが「ダイナモ人」です。繰り返しますが、彼らはいわゆる新人類でもないし、スーパーマンでもなく、社会に対して意識の方向、気持ちが大きく違う人々ではありません。彼らは「若い世代」に限ったわけではありませんし、復活したミドルというわけでもありません。ただし彼らは、自らの目的や社会の未来(プリンシプル)をポジティブに自覚している、という点と、周囲に「場」が形成されている、という点で他の人たちと異なるのです。
ダイナモ人は、過去(古いシステム)に帰属しているのでなく、未来(新しいシステム)の一部であり、その「場」とともに未来を生み出しているのです。前述のように、今の組織が彼らを出現させるプリンシプルを持たなければ、彼らもそこで生きることはなく、脱出を思い描くのではないかと思います。
プリンシプルに基づいて自律的に動く「場」の組織
実はダイナモ人とは、知識社会経済の創造的なワーカーです。彼らは古いシステム(たとえば官僚制など)では動かず、P.ドラッカーが指摘したような、自己選択的ワーカーです(ナレッジワーカーはボスの言うことに耳を貸さない)。彼らは自律的に活きるのが基本です。
彼らを活かし支えるのが知識創造プリンシプルなのです。プリンシプルとは、たとえばそれを経営者自身が実践する場合も、経営者個人の属人的な経営哲学のことを意味するのではなく、より普遍性を持った、共通善にもとづく倫理や、社会的価値観、人間的価値観にねざすものです(「ダイナモ人」が未来への鍵を握る理由(1)を参照)。
知識創造プリンシプル経営に共通するのは目的に基づく経営(「目的工学」についてはこちら)、アントレプレナー組織、などで、こういったプリンシプルに基づく企業がいま世界で増加し続けているといえます。もちろん日本においてもまだ限られていますが、こういった組織は増えつつあります。
いかにダイナモ組織に変わっていくのか
このような相転移の変革を従来のトップダウン型変革やリーダーシップモデルだけで進めるのは困難でしょう。いうまでもなく従来のMBAでのリーダーシップ教育も限界が叫ばれています。
そのためには、組織内の「場づくり」が鍵になります。いわゆる現場の活性化、とかではなく、ダイナモ人を産みやすくする、行動の場の意識改革といっていいでしょう。実は人事が鍵を握りますが、これは今後のKCPC の活動で紹介していくつもりです。
ここで役立つのは、"いくら戦略(やイノベーション)についての知識を得ても実践とは関係がない”という先人の智慧です。一方で「結局は人の問題だよね」「やっぱり現場力」といった短絡的結論に陥るのも避けなければなりません。個に目をむけて、いかに人間のポテンシャルを引き出すかが鍵です。目的を共創し、パッションをもって知を生み出す場、多様性を支えるネットワーク、実践知からなる生態的システム(エコシステム)が起点になります。それは知識創造プリンシプルをベースとする人間のイノベーションだといえるのです。
「知識学派」のネットワークに向けて
KCPCはこのような考え方に基づいた活動を構想していますが、もちろんそれは日本企業だけの問題ではありません。かつ求められるのは理論と実践の両輪です。KCPCでは内外のアドバイザーとともに知識社会経済の経営プリンシプル、それに基づく経営システムを念頭において、ダイナモ人の輪を広げていこうと考えています。内外のアドバイザーを私たちは「知識学派」(ナレッジスクール)と呼んでいます。
以上、一般社団法人知識創造プリンシプルコンソーシアム(KCPC)の今後の活動にご協力ください。
コンソーシアム アドバイザー(順不同、敬称略)
野中 郁次郎 Ikujiro Nonaka(日本、一橋大学名誉教授)
ジャナミトラ・デヴァン Janamitra Devan(シンガポール、NEOM (サウジアラビア 都市開発プロジェクト)最高戦略責任者、元世界銀行 副総裁)
ローレンス・プルサック Laurence Prusak(米国、コロンビア大学 非常勤講師、元 IBM ナレッジ・マネジメント・インスティチュート所長)
ジン・チェン Jin Chen(中国、清華大学教授)
レイフ・エドビンソン Leif Edvinsson(スウェーデン、ルンド大学教授)
エドワード・ホフマン Edward Hoffman(米国、元 NASA チーフナレッジオフィサー)
露木恵美子 Emiko Tsuyuki (日本、中央大学ビジネススクール研究科長、教授)
ポール・イスケ Paul Iske(オランダ 、 マーストリヒト大学教授 輝ける失敗研究所 最高失敗責任者)
ロナルド・ヤング Ronald Young (英国、ナレッジ・アソシエイツ・インターナショナル CEO)
スティーヴン・ヴォーゲル Steven Vogel (米国、カリフォルニア大学バークレー校教授)
荻野弘之 Hiroyuki Ogino (日本、上智大学哲学科教授)
ファビオ・コルノ Fabio Corno (イタリア、ミラノ・ビコッカ大学准教授)
セイヤ・クルッキ Seija Kulkki (フィンランド、アールト大学ビジネススクール名誉教授)