狂気の年輪

今年は本当に早かった.学校の有志グループで電気エンジニアとして働いて,ホロライブにハマって,推しの子で最高に盛り上がって,コミケに行って,20歳の誕生日を迎え,進学の壁にぶち当たって精神を病んで発熱して,今これを書いている瞬間は学校での広島旅行で素晴らしいピアニストと遭遇して,美味しいお好み焼きを食べた後カフェでゆっくりカフェオレを飲んでいる.

本当は進学のために起きているすべての時間を勉強に捧げなければならないのだけど,僕の心に従って今を楽しみながら全力で前に進み続ける方法を模索するため,これから先ずっと苦しくても自らの意思で立ち上がれるように,大切な,人生にとってきっと大切なカケラを探すために,自分の心に従った.

今を楽しみたくて無謀な目標を目指して走り始めた.
あの時から今を受け入れられる楽しさと,辛くても支えてくれる人たちと,想いを形にする技術と,美しさに感動できる感性と,突き進むための心と体両方の体力が育ってきた.

いつも先を想像してはニヤニヤしていた.それらのほとんどは忘れてしまった.でも,ずっと一番最初は覚えている.
寂しくて冷たい感情を,楽しくて笑える情熱に変えてくれる原点を自分の傷に塗り込んできた.

焦燥して足掻きながら,等身大の自分でいることは難しい.

心を殺せばきっと,どうにか流れに乗れるのだろうけど,なぜかその選択肢を取る気になれない.
きっとそこには「頑張る」という気持ちがあるからだろう.

何を為すにも頑張ることは必要だ.
でもその頑張りの中に,自分の心を殺す行為が存在すると,それは生き地獄となってしまう.

大人になるということは,少なからず心を殺すことを伴う.その中で少年の頃の純粋さを,愚かさを,楽しさを忘れずに持ち続けている人に人は惹かれる.
けれど,その子供心をすべての人が持ち続けてしまうとすべての人の明日が保証されなくなってしまう.

大切なものすべてを持ち続けることはできなのだろう.いつか崩れ忘れてしまうのだろう.
でも,すべてを拾おうともがいて落として傷ついて,それでも前に進むためには,ただ唯一始まりの種を大事に,大切に育てなければいけない.

子供のように楽しめて,職人のようにかっこいい人間になりたい.

他者の価値観で定められた正しさを遂行しつづける全てが子供のままの大人たちは,己の行いを疑うことをしない.
歩みとは常に進歩を欲する貪欲さによって生まれるものだ.

その貪欲さに心が伴っていなければいけない.
どんなに残酷な運命があっても,その今を愛せるのなら,きっとどこまでもいける.

どこまでもいける気がする.



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