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コスモス寺 般若寺

「味酒 三輪の山 あおによし 奈良の山 山の際にい隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく雲の隠さふべしや」
と額田王が詠ったいにしえの奈良山を越えるところ、聖武天皇が平城京の鬼門を守るため『大般若経』を基壇に納め塔を建てられたのが寺名の起こりとされています。そして平安の頃は学問寺として千人の学僧をあつめ栄えたが治承四年(1180年

石仏とコスモス

)平家の南都攻めにあい伽藍は灰燼に帰した。
 歴史ある奈良の古刹は現代は花の寺として奈良の名所として知られています。コスモス寺として親しまれている。コスモスと日本を代表する石塔の鎌倉時代の五丈(14.2m)の十三重石宝塔とコスモスを撮影するために訪れてた際に撮影した画像です。

十三重石宝塔
十三重石宝塔

創建が飛鳥時代であり国宝の楼門、重文の秘仏阿弥陀如来、多宝塔.一切経蔵.笠塔婆等の保存され古都の趣がのこるためお参りすることを計画しているが未だ実現していない。境内は短歌に水仙やや山吹と四季の花が詠まれていることで近々に訪れたいとものだと考えいる。



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