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途方もないような…いややってみなきゃ分かんないでしょ?未来なんて

環境問題」と「平和」について耳にすると

とても途方もなく一般人からすると “自分が動いたところでどうしようもない” たいして何も変わらないのではないか?と思っていた。(とはいえできることはこそこそやっている。)

しかしながら、平和に暮らしている地域も戦争している地域も同じ地球に住む生き物として「環境問題」と「平和」は切っては切れないし、関係がある。

地球の環境問題について体感しているできごとから話してみる。義務教育のなかで私は日本における高度経済成長からの環境汚染問題、また生活に欠かせない資源のエネルギー主に火力、水力、原子力発電に大きく頼っていることの課題があることを認知している。

このことは「大変だな~」とは思っていたが直近では危機感を感じていなかった。しかしながら 現在2019年なのだが、ここ10年間ぐらいと前とではいろいろなことに支障や異変を実感している。気候や自然環境や体調不良などなど…。

地球は50億年後滅ぶとある学者は考えているそうだ。地学を知っているものならみんな分かると思うが、人間がまれてぬのと同じように にも寿命があったりする。引力や重力、太陽系の成り立ちからするとそうだろうと思う。そのことを知ったときに50億年という果てしない数字に全く実感が持てなかったのは言うまでもない。

にもかかわらず、気温が上昇し続けているというのは注意しなければならない。また天候の異常差については地球のあちらこちらで周知の事実となってしまったことだ。これ幸いなことに人類の発展のおかげでくの人が現状 もあるが自由に発信できる世の中になっている。

環境問題の原因は複数ある。都市部のヒートアイランド現象、森林伐採、砂漠化、廃棄物汚染・・・。


もし戦争が実質的に無くなり、世界が相互を認めあい協力すれば?

戦争による争いは後々、争いを呼ぶものだ。短期的にみて強者からすると「インフラの整備やこのほうが豊かな世の中になっただろ?」みたいな思い込みがあるのかもしれない。しかし、争いによって汚された土地失った命無情悲しみはなかなか根強いものである。

ゆえに、争いに勝ったもののいつ仕返しされるのかもしれないと臆病になりより強い武器をと追い求める。

しかし、大半の人は平和を望んでいる。


もし様々なものをリスペクトし合い、共有し享受できうる世界になるとどうなるだろうか?

宗教、エネルギー、資源、技術、文化、知識の交流、尊重

国という 実質の定義はまるで~都 ~道 ~府~県 のようになり、 国境 という現時点での隔たりは薄らいだものになるのでは?

武力によるお金をつぎ込むくらいなら防御時間をかけたほうがいいと思う。(なぜなら 攻撃破壊するだけにとどめ を作り出すもの)防御であれば様々なことに転用できるしみんなを安全に守ることになる。

医療の面についてはいろんな場所や地域での療法遺伝子の違いなどが分析できればもっと意義の高い人間としての健康的で健全な生活が送れるだろう。また飽食な地域から貧困地域への援助。永続的に資源が失くならないようにみんなで仕組みを考える。一人よりも二人よりも ≦ もっと多数のほうが糸口は見つかりやすいのではないか。

#SNS とかの いいね♡ は モノの質の価値 を表す評価になっている。  これを次の 「何か」 に発展、応用させられる可能性大だと思っています。

例えば、世界に端末(IPADやスマホ、PC)を置いて 何が 飽和 していて 何が不足しているのか、データでピックアップして見える化する。リストは、人手、食料、モノ、技術、知識…いろいろあると思う。

パズルのピースとピース を合わせるように、もっと個々に合うものに合わせていくなら 一人ずつアンケートをとっていいかもしれない。何に困っているのか?とか何が得意なのか。とかの項目を入れてもいいと思う。ピースが揃っていけば、もっともっと効率よく世界平和に循環させられると思うし、問題や課題も早期に解決けると思う。

同じようなことを考えている人たちは結構いるらしい。未来はお金がなくなって、ポイント制?とかになるのか!?

過去から知って学んで、今を存分に生きて未来良いものになるようにする。できることからやり続けることが大切だと思う。

思っていたより、世界平和は実現しよう!!と行動を起こせば実現できると思うようになった。押しつけしないように心がけて対話を重ね、時間をかけて相違を認め合うことができたのなら。