ベルニーニに恋をして2/4
「わたし、バレーの公演を観るので遅くなるんだけど・・・、8時半ごろかな?
終わるの」
「じゃあ、ワインを飲みながら待ってるよ。渋谷のMレストラン、わかる?」
「ええっ! わたしの行く公演はすぐそばなの。偶然ね」
君が来るまでの時間が長く感じられた。K君が3杯目のワインを持ってきた。
レストランの雰囲気が一瞬ザワッとした。
視線が一斉に入り口にむかった。シンデレラが踊るように、君が僕のほうに歩いてきた。
ドキッ・・・どうしちゃったんだ。今日は何回ドキッとするんだい?
自分に言い聞かせ、平然気に「やあ」と立ち上がりながら椅子を引いた。
フアッっと、椅子に腰掛けた君は、じっと、いたずらげに、僕の目を見た。
「合言葉は?」と言われて、電話で合言葉を決めたことを思い出した。
「今夜は君を帰さない」
「じゃあ、わたしちょっとお手洗いに・・」
笑いながら君が言った。
あれから何時間たったんだろう。僕の目には君しか映らなくなってしまっている。
今日がデートらしいデートの初めてなのに、本当に君を帰したくなくなっている。
もっと君のことを知りたいと思う気持ちが僕の感情に太い螺旋を描いて身体を駆け昇ってくる。
「そろそろ、閉店の時間ですが」
K君の言葉に、こんなに時間がたっていることが恨めしくなった。
「僕はもう少しなんか食べたい気分なんだけど・・君は」
君を帰したくない。そんな気がだんだん大きくなっていた。
コクリと首を傾げながら、
「そうネ。お寿司をちょっとつまみたいかな」と君は言った。
K君に教えてもらった寿司屋に入って、何種かの刺身とビールを注文した。
カウンターの後ろに、仕切りになった掘りごたつ風のテーブルがあり、
終電にあぶれたんだろう若者が5、6人大きな声でワイワイしゃべっている。
「彼女に握ってやって」
カウンター越しに板前さんに注文をした。
なんにしましょう、との板前さんの声に、
「やりいかが美味しそう」
ガラスケースをゆっくり見渡しながら、他に2,3の注文をした。
この娘はなんなんだろう。
今まで見てきた若い娘だったら、魚の旬なんて考えないで、
本マグロとかウニとか注文するだろうにと想いながら、
旬の寿司を口に運ぶ君の横顔に思わず見蕩れた。
「なあっに、じっと見ないで!」
恥ずかしげな怒ったような顔をして、そのまま何もしゃべらなくなってしまった。
「今夜は君を本当に帰したく・・なくなった」 僕の言葉に、
しばらく黙った君は、ぽつんと言った。
「本当にすみません・・・。今日は帰して。ごめんなさい」
銀座のホテルにタクシーで戻る君の背中を見送りながら、
僕は初めての感覚に戸惑っていた。愛している?
あれから数日たったのに、僕の気持ちは君を追い求めて落ち着かない。
不思議なことに、君をあれほど見つめていたのに、君の顔が浮かんでこない。
だけど、君の薫りに僕の身体は何重にもがんじがらめにされてる。
「君を帰したくない」と言ったとき、君を縛りたいと思ったわけじゃない。
ただ、なんて言えばいいんだろう。
人は生まれてきたときにでこぼこした魂を持って生まれてくると昔聞いたことがある。(続く)
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