第4回:医療虐待⁉ DNAR(蘇生措置拒否)の倫理的問題
~命の選択と向き合う勇気~
私たちが生きるこの瞬間、どれだけの人々が命の終わりを考えているでしょうか。家族や愛する人の最期を見守る場面で、「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation: 蘇生措置拒否)」という言葉が突然目の前に現れることがあります。この選択は、医療従事者、患者、そして家族にとって極めて重い意味を持つものです。しかし、DNARの適用に際して患者本人の意思が無視されるケースや、家族への説明不足が引き起こす悲劇が後を絶ちません。これは単なる医療行為の問題ではなく、命の尊厳や倫理的課題に深く関わる問題です。
1.DNARとは?命を巡る選択の意味
DNARは、患者が心停止や呼吸停止に陥った際、蘇生措置を行わないという医療方針を指します。この方針は、本来、患者自身の価値観や意思を最大限に尊重しながら、家族と医療従事者が慎重に話し合い、決定するものです。しかし、日本の医療現場では、患者の意思を無視した形でDNARが適用される事例が少なくありません。この背景には、医療従事者が患者や家族に十分な説明を行う時間的・精神的な余裕を欠いている現実があります。
・医療法と高齢者虐待防止法の観点から
日本の医療法第1条の4では、医療提供者に対し「良質かつ適切な医療を提供する責務」が課されています。また、高齢者虐待防止法では、高齢者への身体的虐待、心理的虐待、放置(ネグレクト)が定義されています。これらの法規範に照らせば、患者の意思を無視したDNARの適用は、場合によっては法令違反や高齢者虐待と見なされる可能性があるのです。
2.DNARがもたらす悲劇の事例
事例1: 家族の後悔
ある高齢者が病院で心停止に陥った際、家族は医師から「回復は見込めない」と伝えられ、DNARに同意しました。しかし、後日その家族は「他にもっと良い選択肢があったのではないか」と深い後悔を抱き続けています。このような後悔は、家族の心に長く重くのしかかり、精神的な傷となります。
事例2: 患者の最期の願いを無視
「最期まで可能な限り命をつなぎたい」という願いを持っていたある患者。しかし、家族と医療従事者が「苦しませたくない」という理由でDNARを適用。結果として、患者の最期の希望が叶わず、家族は罪悪感を抱え続けることになりました。
3.DNARを巡る倫理的ジレンマ
DNARを決定する際、患者、家族、医療従事者それぞれが異なる葛藤を抱えます。この三者の間での十分な対話がなければ、結果的に誰かが後悔や悲しみを背負うことになります。
・患者の視点
「命を全うしたい」という患者自身の意思は、最も尊重されるべきです。しかし、その意思が医療現場で無視されると、患者は自らの命を軽視されたと感じる可能性があります。
・家族の視点
家族は、患者に少しでも長生きしてほしいという希望と、これ以上苦しむ姿を見たくないという感情の間で板挟みになります。この葛藤が原因で、家族はDNARの決定後に深い後悔を抱くことが少なくありません。
・医療従事者の視点
医療従事者は、患者の命を救う責務と、無益な医療を避けるべき現実的な判断との間で難しい選択を迫られます。また、時間的制約や患者・家族への説明の不足が原因で、倫理的なジレンマを抱えることになります。
4.社会全体で解決すべき課題
DNARをめぐる問題は、医療現場だけで解決できるものではありません。社会全体でこの問題に取り組むことが必要です。
・ガイドラインの明確化
日本集中治療医学会は、DNARの適用範囲を心肺蘇生法に限定し、その他の治療方針には影響を与えないことを勧告しています。こうしたガイドラインを明確化し、広く周知することが必要です。
・多職種チームによる議論
医師だけでなく、看護師、ソーシャルワーカー、倫理専門家を含む多職種チームでDNARの適用を議論する体制を整えることが求められます。これにより、患者と家族にとって最適な医療を提供できる可能性が高まります。
・教育と啓発
患者や家族がDNARについて正しい知識を持ち、自らの権利や選択肢を理解できるよう、医療機関が積極的に教育や啓発活動を行うべきです。パンフレットやセミナーを通じて情報を発信し、誰もが自分の意思を明確に伝えられる社会を目指す必要があります。
5.次回へのつなぎ
DNARの問題は医療現場における倫理的課題の一端に過ぎません。
次回は、医療ミスの隠蔽とその影響についてさらに掘り下げていきます。この問題を理解することは、患者や家族が安心して医療を受けられる社会を築くための重要な一歩です。どうぞ引き続きお読みいただき、共に考え続けましょう。
このシリーズは、医療虐待の現実を広く伝えることを目的としています。命の尊厳を守るために、私たち一人ひとりが何をすべきかを共に考え、より良い未来を切り拓いていきましょう。