【映画批評vol.2】絵に描いたような失速を見せる映画がある『騙し絵の牙』
前回やった「あの頃、君を追いかけた」批評があまりに楽しくて、すぐまた映画批評をやろうと思った。だが、題材に迷った。というのも、好きな映画は山ほどあるんだが、面白いとだけ思っている作品の批評は、難しい。良くできているところとそうでないところが明確に存在し、かつそれなりの熱量を持って書ける話題。まあ「あの頃、君を追いかけた」に関しては、向乃が見過ぎて欠点が見えてくるっていう熟年離婚スタイルなんだが、とにかくあれ以上に最適な映画なんてないことは承知している。
そこで今回は「騙し絵の牙」を批評したい。これは公開当時映画館に観に行って、最近アマゾンプライムでも見返した。はっきり言ってこんな映画初めてだった。
途中まで良かったのに、着地ミスった感満載
残念度倍増だよね。ちなみに原作未読です(罪深いね)
【ネタバレを含みます!注意してね!】
ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ
あらすじ
廃刊寸前に追い込まれたカルチャー雑誌「トリニティ」。その編集部に突如、編集長として君臨した速水(大泉洋)は、常識破りのあの手この手でトリニティの立て直しを図る。小生意気なところがありながら文学を愛する高野(松岡茉優)は、速水によって別の部署から引き抜かれたことを機に、社内の熾烈な権力争いに巻き込まれることになる。そして、全てを裏から操る速水の策略に翻弄されていく。
↑予告編↑
個人的評価
★★★★★★☆☆☆☆(6/10)
良いところ
①テンポ感
常に観客を楽しませようとしている意識を感じた。単純な画としての迫力もさることながら、カット割り、カメラワーク、音楽といった演出がよく効いている。
特に、トリニティの編集部に速水が指示を出していくシーンのテンポ感は、速水が来たことで革命が起きている感が演出されて、ワクワクした。よくよく考えると、「それって本当に面白いのか?」って思っちゃう案もないわけじゃなかったが、画の力とスピード感でごまかせていたから、多分ほとんどの人は気にならなかっただろう。今作のメインテーマとして打ち出されている「騙し」や「嘘」の要素も、実は大したことやってないんだけど、演出でどうにかしている印象を受けた。「君の名は。」を「絵が綺麗だから好き」って言えるタイプの人は、まず楽しめるだろう(DISじゃないよ)。
②キャラクター
実力派俳優勢揃いという感じで、主要人物は皆キャラが立っていた。主役二人はもちろんのこと、革新的な速水のやり方に馴染んでいけない柴崎、張り付いた笑顔の裏に闇を潜ませる城島、正体を明かす前後でキャラの豹変が面白い矢代、大御所の威厳がありながらどこか憎めない大作先生。トリニティ編集部の面子も含めて、良い役ばかりだ。これだけ良い役が多いと、死んでいる役も多かったことが残念に思えてくるのだが、それは後ほど。
良くないところ
①文学に対する誤った姿勢を提示している
向乃がこの作品に期待していたのは、我々が日々生きているだけで実感される、文学の衰退、それを脱却するための鋭い一手だった。
僕らの街から、本屋は確実に減っていっている。実生活に役立つかどうかという観点が主流になってきた現代において、文学の必要性を認知している人は少数派になっているのかもしれない。そんな、功利主義的な現代人の意識を根本から覆すような作品を、向乃は求めていた。
これは、作中序盤に登場する、文学の巨匠・大作先生の言葉だ。向乃は初見のとき、てっきりこれがこの作品のテーマとばかり思っていた。僕たちが愛した文学、それを作り上げる出版社の裏側を、丁寧に紐解いていくストーリーを期待していた。
だが、蓋を開けてみればどうよ。権力争いと利益追求ばっかりじゃないの。主要人物が揃いも揃って文学を金儲けに使ってる感がしてならない。作中では東松が文学の価値を理解しない者としての立ち位置みたいだったけど、東松だけが、特別際立ってそうは見えなかった。そのくせ所々に、速水や高野が文学を愛していそうな描写が入るわけ。
この問題点が一番如実に出ているのが、ラストシーン。高野が神座を引き抜いて、父が畳もうとしていた本屋を引き継ぎ、そこで新刊を独占販売するというオチ。結果、崖っぷちだった本屋を立て直すことに成功したことに加え、神座を引き抜いたことで、あの速水をも出し抜いた!……みたいな演出がなされているわけなんだが
高野さァ……その先のこと考えてる?
そりゃあ、長らく姿をくらましていた神座の新刊を売りだせば、一時的に売上は伸びるだろうよ。でもそれが落ち着いたら?一度閉店寸前までいった本屋をこれから長く経営していけるほど、読者の興味を誘うトピックを提供し続けられるのか?
そもそもあれだけ出版社でいざこざに巻き込まれ、それに嫌気が差して、そのうえ本屋という限りなく読者に近いポジションで、文学の衰退ぶりを目の当たりにしてきた高野が出した、起死回生の一手がこれか?資本主義に足をとられ、目先のやり方だけ変えて読者を翻弄することは、文学の将来性に真摯に向き合った結果といえるか?
②どんでん返し詐欺
「アットホームな職場」と求人に書いてある企業はブラックな場合が多いと言われる。「ラスト○分 衝撃の結末」と予告で言っている映画は大したことない場合が多いと向乃は思っている。
「十二人の死にたい子どもたち」を観て死にたくなってから、一時期はこれをある種の偏見ネタとして言っていたわけだが、今作で裏づけられた感じがした。軽々しくどんでん返しって言うのやめようぜ。
ネタバラシが入ったときに感心できた仕掛けが、一体いくつ存在したよ?せいぜい矢代聖が正体を明かすとこぐらいか。速水が高野の落とした原稿拾うところとか、神座が速水と接触するシーンとか、プロジェクトKIBAの「実は、こういう意味だったんですよぉぉぉ」的な大立ち回りに関しては頭を抱えた。
あと「登場人物全員ウソをついている」って何だよ。この文言がウソじゃん。まあ、速水は嘘をついていたと言って差し支えないだろうが、他はいないわな。本編を見てから、予告編に映し出される、登場人物たちの悪そうな顔を見ると、ホントイタい。
③要らないキャラ多すぎ
キャラがたんまり登場して観客を困惑させる割には、大してストーリーに関係してこない役柄が多すぎやしねえか。
例えば斎藤工演じる郡司(郡司っていうんだ)。先述の伏線張ってますよ感を出すためだけに登場した、大して意味のない役どころ。薫風社の先代の妻・伊庭綾子も大体一緒。
小林聡美演じる文芸評論家・久谷ありさも、出演時間の割に要らなかった印象。速水の過去を喋る担当として必要なのかなあ?神座のこともあんまり知らなかったしなあ。何か重大な秘密を握っていそうなのに、そうでもない。観客が「これ、伏線かも」って思う要素は最小限に留めるのが、本当に優れた、伏線回収系映画だと思う。
これだけキャラが多い作品なので、不要な役はもう少し削ってほしかった。
最後に
塩田武士が書いたんだったら、きっと原作はこんなもんじゃないんだろうな。しかし大泉洋に当て書きしたっつうのに、いざ実写化してこの出来じゃあ原作者も報われないわな。
前半のテンポ感と大泉洋のコミカルさが上手いこと噛み合っていただけに、納得できるラストを求めてしまった。ただ、見終わったあとの直感的な「何か面白かった」感は、程度の差こそあれ感じられる作品だと思う。上質な映画とはいえないまでも、気軽に人に薦められるレベルの映画ではあるのではないか。