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金沢・白川郷に行ってきた #1
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
11:00 金沢
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金沢に着いた。
元々、今回の旅は白川郷だけ見て回る計画。
でも、白川郷に行くには車を使うか、定期便のバスに乗るしかないらしい。そして、そのバスが出ているのがここ金沢駅――らしい。
という訳で、せっかくなら金沢も少し観光していくことにした。のだが……。
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到着した時から雪は降っていたけど、出発して時間が経つにつれて少し雲行きが怪しくなってきた。
徐々に空が暗くなる。粉雪に、粉雪が合わさって大粒になった雪が勢いを強め始める。
一応。目的地は兼六園だけど、絶対に行かなくちゃいけない場所って訳でもない。
元より、今日金沢を歩く予定は無かったのだから。
新幹線が早まったから――つまり最終日が本番で、今日はその時の為の事前調査。
本格的に散策する時に、ある程度慣れておいた方がいいと思ったから。
という名目で、朝食兼昼飯に丁度いい場所を探すつもりだった。
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雪の振りが強くなったかと思えば、雲の切れ間から晴れ間が見えて粉雪。
晴れても雪。曇ったら大雪。これが、北陸というものなんだろうか。
しかも、駅から出て数歩で右の靴がびしょびしょになった。
最悪。
前に使っていた時はちっとも水を通さなかったのに……ゴム底に隙間でもできていたのか。
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歩いていて思ったのは、関東の雪も北陸の雪も大して違いは無いんだということ。
道に積もった雪は、凍結予防の影響で溶けていて、凍ってないから滑る心配がないのはいい事なんだろうけど。
それに、マスクに着いた雪が解けると気持ち悪いし、息苦しい。
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体力は、多分ある方だ。人並みに。
少なくとも、あの子よりはあったはずだ。
それなのに、ここまで歩いてくるのに随分疲れた気がする。
あー。多分、厚着しすぎた。
きっと寒いんだろうなって色々準備しすぎたし、バックパックも重い。
上着も重いし、マフラーもちょっと煩わしい。
私、そもそも暑がりだったし。
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兼六園に行くには金沢城を通るのが最短らしい。
城壁前の広場は人通りが絞られているから、まだ踏まれていない真っ白な雪景色が広がっている。
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真っ白な広場を目にすると、少し歩いてみたくなった。
この際、体力とか時間とかは後回しだ。
まだ誰にも踏まれていない、真っ白な雪に足を入れる。
小気味いい音が鳴る。
ずかずかずか。きゅっきゅっきゅ。
ちらほら見える他の人が城へ向かうのを横目に広場を歩く。
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広場を端へと進むと僅かに隆起した丘があったから、裏へ回ってみると、道っぽい道。
ここを使う人はいないのか、気分良く踏み荒らせる。
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また、雪の振りが強くなってきた。
城壁は何層かの構造になってるみたい。門を潜ってもすぐ先に門がある。
えっと、確かさっき園内マップの写真を撮っていたはず。
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あったあった。
えーっと……兼六園に行くには、石川門を出て橋を渡らないと行けないのか。
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多分。あっちかな。
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門を潜ってからわかりやすく人が増えた。
ここから先が本格的に観光地。そういう事なんだと思う。
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どこからか増えた人がどんどん門を潜って先に行く。
ここから先が観光地としての「金沢」てことでいいのかな。
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いつの間にか晴れ間は無くなり、重い空から静かに雪が重なっていく。
体が重い。バックパックが重い。上着が重い。足が痛い。
でも、足は止まらない。
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「迷ったら、直感に従う」
あの子はいつもそう言っていた。
今、私は迷っている。
ここでお昼を食べるべきか。否か。
橋を渡った先。広がる視界にはぽつぽつと茶屋のようなお店が見える。
趣ある木造の喫茶店が並んでいる。
いつもの私なら、多分喜んで入るんだろうけど……。
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何か、触手が伸びない。何でだろ。
人が多いから……かな。
いいや。今日は。時間もないし。
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兼六園。到着までに随分時間がかかった。雪の振りが強くなったから?
どうしてここに来ようと思ったんだっけ。
確か――。
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ああ。思い出した。
昔何かで見たテレビの番組。
名前は忘れたけど、確か声優さんの地元ということでロケをしていた。ここで。
金沢の名前を聞いたとき。ふと頭に過ったんだった。
あの番組も、冬の景色を映していた。
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あの時テレビに映っていた景色は、こんなに雪が積もっていただろうか。
もうずっと前のことで思い出せない。
それよりも。
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人多い。疲れた。
頭がうまく働かない感じがする。
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てか、時間。
急いで戻らないと。
このままじゃ白川郷まで何も食べられない。
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雪やば。 前見えない。
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吹雪じゃん。これ。
でも傘出すの面倒だなぁ。
結局。マフラーをフードみたいに被って駅まで帰る。
暑くて、びしょびしょで、重くて、痛い。
あれ……私……何しにここまで来たんだっけ……。
――――年 ――月 ――日
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「何だかんだ、何となく食べる朝マックが一番おいしい気がする」
夜明け前から呼び出したかと思えば、開口一番これだ。
別に、起きていたからいいんだけど――。
「まさか、起きてるって――」
「何となく」
時々、彼女の”勘”が不気味に思える時がある。
「……それで、何の用?」
聞けば、彼女は寒さで赤らんだ顔をこちらに向けた。
「マック。行こ」
寒暁。寒凪の中を二人して歩く。
町はまだ眠りの中。日はそろそろ地平線を超えた頃だろうか。
いずれにしても、向こうに見える山並みと駅の周りの建物で夜明けは拝めそうにない。
「で、何でマック」
「思い出したから」
「…………………………」
会話する気があるのか、という発言に意味が無い事は長い付き合いで嫌というほど思い知らされている。
「旅の話?」
「そ」
駅前のマックまでは、車ならすぐ。自転車ならそこそこ。歩いても三十分ぐらいとまあまあ近い。
車はまずない。この寒さの中自転車に乗るのは論外。という訳で、歩いている。
到着する頃には日も登り切ってるだろうし、丁度いいだろう。
「――普通、旅先ではその土地特有の物を食べたりするのが醍醐味だったりしないの? いや、普通とか知らないけど」
「もちろんそれも楽しいよ。その場所にしかない喫茶店とかやっぱり好きだし」
「……。じゃあ何で」
そう聞くと、まだ高い位置にある青月を見上げた。見上げて、ダッフルコートのポケットに手を突っ込んだままふーっと白い息を吐いた。ぼーっと、まるで何も考えてないみたいな表情。いつものしぐさだ。
薄明りに満ちた暗がりの中でも、そいつの真っ赤な耳とか、薄く色づいた頬とか少し高い鼻とか、濡れてるみたいに艶っぽい髪とかが目に入る。
「なんでだろう」
「………………………………」
まあ、いつもの事だ。話半分くらいに聞くことにする。
「例えば――」
「ん」
「初日に観光して、二日目のんびりしたい時とか、帰る前とか――そういう気分の時に朝早くから街を歩いて……。で、駅前とかでマックを見つけるとさ」
「んー」
正直、私は旅をしないのでその気分が分からない。
でも、そいつが”趣味”の話をしている時の顔を見ていると。
「朝の人が少ない街を歩いてるとさ、その街の一部に慣れた気がするって言うか――で、朝マックするとさ、その街の人の気分になれるって言うか」
ぽつりぽつり語る言葉は取り留めもなく明るくなっていく町に溶けていく。
私はそれを逃さないように黙って聞いていたようだ。
「何でもないのに、ちょっと特別で、無性に美味しく感じるんだよね」
「な――るほ、ど?」
やっぱりちょっとわからない。こいつの感性は。
わからないまま、黙って歩いているとマックに着いた。
六時過ぎ。いつもなら開店している時間だ。
「あ」
「何?」
「見て、これ」
扉の前に立ったそいつは、なぜかちょっとうれしそうにこちらに振り返った。
そういえば、何だか店の様子が……。
『1月1日~1月4日まで、8時からの営業とさせていただきます』
そうか。今日は――
「――あけましておめでとう。そういえば」
「――――。」
とてもじゃないが、付き合いきれない。
12:30 昼食
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結果的に、お昼は金沢駅にあったマックになった。
昼マック。
まあ、限定商品気になってたし。
それに、天然物の金沢弁も聞けた。多分アルバイトさんかな。高校生くらいの女の子。
窓の外の雪は未だ勢いを弱める気がないようだ。
象徴的な黄と赤の看板を雪のスクリーン越しに見つつ、朝食兼昼食。
まあ、いっか。