あるある・ないない
「なんっか違うんだよなあ」
「え?違うって何が」
「いや、あなた、後継ぎなわけでしょ? この、歴史ある造り酒屋の」
「ええ、まあ」
「うちとしても、地元の伝統と格式を次世代につなぐ、みたいな記事にしたいわけですよ。目まぐるしく変わっていく現代社会の中で、見直される変わらないものの価値、変わらず守り続けていく伝統の重み、みたいな」
「はあ」
「はっきりいうと、あなた、らしさがないんだよねえ、言うことに」
「いやそう言われましても」
「娘婿だって言ってましたけど、この土地の人ではあるんでしょ?」
「ああ、それは、ちょっと微妙というか。私はここで生まれ育ちましたけど、両親は東京のひとなんですよ」
「あー、それで。訛りも少ないなあと思ってたんですよ」
「まあ、そうですね、両親の影響もありますかね。そもそも、若い人はそれほど訛ってないですけどね」
「まあそれはいいんですけどね、もうちょっとこう、なんというか」
「なんですか」
「雰囲気的に、地元感が欲しいというか」
「地元感」
「はい、このままだと……なんだか、雇われ社長?みたいなんですよね。伝統を守る、っていう重みがない」
「ちょっと失礼ですね」
「あはは、すみません。まあでも我々もイメージの世界で食ってますから。なにか、ないですかね」
「うーん。具体的に言われればやってみますけど」
「よし、じゃあ考えてみましょう。こういう時はスマホで、えっと……に、い、が、た、け、ん、み、ん、あ、る、あ、る、と……あー、でてきたでてきた」
「そういうのあてになるのかなあ」
「いいんですって、イメージで。えっと、たとえばこれ……”頑固”」
「そんなのどう表現するんですか」
「そうだな、受け答えに否定から入るのを多めにしてみたらどうでしょう」
「えー? でも”新しいものを受け入れるのも得意”って出てますし、そんな否定から入るとか」
「いいんですよ、古くから続く家の当主としてもそれっぽいでしょ」
「いい加減だなあ」
「次は、”仲間意識が強い”」
「それこそ表現のしようがないですよ」
「じゃあこうしましょう、こちらでうまいこと質問しますから、手広く商売を広げてはいても、昔から付き合いのある地元の顧客とのつながりを大切にしている、みたいな方向で答えるように意識してください」
「え、うち、そうでもないかも」
「イメージですよ、イメージ。あとは……”我慢強い”か。なんか天災の時とか不況の時に耐え抜いた、みたいなエピソードないですか」
「いやあ、僕はまだ日が浅いですし。先代からも特にそう言う話は聞いてないですね」
「わかりました、こっちで適当にでっち上げて背景として紹介しますよ」
「いいんですか」
「いいんです……あとは、人じゃなくて地元のあるあるか。なんか使えるかな」
「どんな感じですか」
「そうですね、たとえば……今日、晴れてますか」
「何ですかいきなり。確かに晴れてますが」
「あー」
「えっ」
「これ僕らは”曇り”って言いますね」
「でも雨降ってませんし」
「雨が降ったら”曇り”じゃなくて”雨”でしょう」
「そりゃそうですが」
「次、”自動車学校を車学と呼ぶ”」
「他県では呼ばないんですか?」
「呼ばないですね。なんていうかな、教習所?」
「長くないです?」
「大したことないでしょ」
「そうかなあ」
「それから……ぽっぽ焼きって何ですか」
「お祭りの屋台で……あれはお菓子、ですかね。ローカルフードだったのか」
「ほかにも出てますね、きいたことないもの。じむぐり?」
「じむぐり? なんですか、それ」
「だって書いてありますよ、ほら」
「ほんとだ……ええと、”てんがらやのぱらをせからってみごみごに”……なんですかこれ」
「なんですかって、私が知るわけが……いや確かに変ですねこれ。文字化けかな」
「その先は? どうですか?」
「でみらんど。さかやけ。もんぐはんぽう。全然知らない言葉が並んでます。説明も変ですね」
「あの、今日って……何月何日でしたっけ」
「え? 二月二十二日ですよ?」
「ああああっ。そうだった。しまった」
「なんですか」
「実は、この家には古くから伝わるタブーがありまして」
「タブー」
「はい。二月二十二日に、家の中で嘘を吐いてはいけない、と」
「嘘? 嘘なんかつきましたか」
「ありもしないことをあったことにしようって言ってたじゃないですか。実質嘘ついたようなもんです」
「そうですかね。べつにそれくらい……これから嘘つくって話しただけなのに」
「まあ確定とみなされたんでしょうね」
「誰からですか」
「ないないの神様」
「なんですかそれ。たまたまネットにおかしな記事が上がってただけでしょ」
「じゃあ前の方、見てみてくださいよ。もう読んだとこ」
「え? なんですかいったい……あれ、おかしいな」
「どうですか」
「ええと……読めません」
「そうでしょう」
「いや、読めるっていや読めるんですが……”てまさふいぐりまきのしんこうさんれてっての”……やっぱり文字化け? でもこんなひらがなばっかになる文字化けなんて」
「ないないの世界です」
「えっ?」
「二月二十二日、つまりにいにいにい。にいはないに通じ、この日はないないの神様の日なんです」
「何を言ってるんですか」
「ですから当家に伝わる言い伝えです。この日、嘘、つまり「ないこと」を言ったものは、ないないの神様に仲間とみなされ、ないないの国へ連れていかれると言われてるんです」
「そんなばかな」
「にいがたはもと「ないかた=無い方」だったという説があります。もともとこの土地はないないの国とのかかわりが深い。さっきのサイトに出てませんでしたか、日照時間の少なさが日本二位、って。雲の向こうに、それが……ないものがあるのが、この土地なんです」
「訳がわからない……また日を改めさせてもらいますよ。それじゃ……うわっ」
「何も無いでしょ、部屋の外。じきにここも消えます」
「そんな……そんな……」
「ほら、あなたも……私も……」
「う……は……あ
註:この物語はフィクションです。当作品に登場する「にいがた」は、実在の新潟県とはそれほど関係がありません。ありませんったら。新潟ご出身・ご在住のみなさま、ごめんなさい。