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画期的なダイエット

 ある意味画期的なダイエット薬を開発した、と連絡があった時、道明寺真里餡は、それまで食べていた大盛りチーズ牛丼の残りを大急ぎで胃に流し込むと、急いで足柄山徐杏奈の研究室へと走った。走ったと言ってもそれはあくまで主観上の話で、他人から見ればその足取りはどう見ても「少しだけ早い歩行」であり、擬音で言うなら、たったった、という軽快さとは程遠い、のしのし、とか、どすどす、とかいうのが相応しいものであったのだし、一般に「走る」という行為の要件とされている「両足が宙に浮いた瞬間」はおそらく全くなかったのだが、しかしとにもかくにも真里餡は走ろうとしたのだし、その努力と意思に免じて、ここは「走った」と表現しておいてもいいであろう。
 そんなわけで徐杏奈の研究室にたどり着いた時、真里餡はぜいぜいと激しく息を切らせていた。
「なんだ、そんなに慌てて来ることはなかったのに」
 白衣で真里餡を迎え、徐杏奈はカラカラと笑った。
「だって……ダイエット……て聞いたら……一刻も早くって……」
「前から思ってたけどさ、その瞬発力に比して持続力がないのが、真里餡がダイエットに成功しない一番の原因だと思うんだけど。思い立つとすぐ試すのに、全然継続できないんだもん」
「説教は……いいから……」
 真里餡は半ば睨むように徐杏奈を見上げる。
「早く……薬」
「いや、確かに、そんな真里餡にぴったりだと思ったから連絡したんだけどさ、まずは落ち着こうよ」
 肩をすくめる徐杏奈。
「ちょっと特殊な薬だからね、流石に説明聞いてからの方がいいと思うよ」
「……まどろっこしい……」
 言いながらも出されたコップの水を手に取り、一気に飲み干すと、少しだけ気持ちと呼吸が落ち着いたようだった。
「説明って何よ、あたし、ほんとに効くならなんでもいいんだけど」
「いや、でもさ、真里餡。今までの失敗って、食欲が抑えきれなかったのも大きかったわけでしょ。結局、食べるの大好きだもんね?」
「うん、まあ、それもあるけど……」
 真里餡は思い出す。糖質制限だのなんだの、食事制限系のダイエットがうまくいかないのは、確かにその通りだ、食べたいものを我慢する、ということができない自分の性格に問題があった。だが、それだけではなく。
「一度、完全に絶食してみたことあるのよ」
 真里餡は言う。
「あれがよくてこれがいい、とかいうの、めんどくさくて続けられないからさ、いっそ全部辞めちゃえばいいじゃん、それが簡単じゃん、って思って。そしたら」
「痩せるより先にぶっ倒れた、でしょ? まあそうなるよ。普通はね。ちゃんと手順踏まないと」
「そんなことができるならとっくに痩せてるのよ」
「そんな真里餡に 最適なのが、これ!」
 ばばーんと効果音の出そうな勢いで掲げられた小瓶。中には白い錠剤がびっしり入っている。
「それ!」
 すごい勢いで飛びつく真里餡を、徐杏奈はさっとかわす。
「まあ聞いてってば。後悔のないようにね」
「後悔なら慣れてる」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
 徐杏奈はこほんとひとつ咳払いをした。
「つまりね、これ、絶食しても倒れない薬なのよ」
「えっと……」
「詳しい説明は省くけどね、太ってる人の場合はストックがあるわけだからさ、そこをちょこちょこっと有効利用できるようにしてやれば完全絶食しても倒れなくて済むわけ。それにくわえてこの薬には、ある種神秘主義的な処理もされてるんだけどね」
「神秘主義?」
「たとえ痩せてる人でも食べなくても平気なように、生命のエネルギーを外界から直接取り入れることができるようになるのよね」
「ふうん。なんでもいいけど」
「言うと思った。で、聞いといた方がいいと思ったのはさ、これ、完全絶食を促進するために、食欲抑える作用もあるのね。その上、食べることで抑え難い生理的不快感を感じるようにもなってるの。ただ、習慣として根付いてる「あれが食べたい、これが食べたい」って言う気持ちまで抑えられるわけじゃないのね。食べたい気持ちそのものと、味や香りや食感の快感への欲求は別物だから。つまり、食べたいのに食べたくない、無理に食べると苦痛が生じる、っていうことになっちゃうわけよ。それは大丈夫かなって」
「えーっと、つまりもうチー牛食えないと」
「薬飲んでる間は」
「シロノワールも」
「スイーツとか関係ない」
「アブラニンニクヤサイマシマシも」
「だからなんでも一緒だって」
「うーーーーーーーーーーーーーん」
 真里餡はしばし首を捻った。そして
「飲む。こう言うのは勢いが大事だから」
「……だからその性格が……いや、言うと思ったけどさ」
 徐杏奈は苦笑しながら、差し出された手に小瓶を渡した。

 それから数ヶ月後、街に、動き回るミイラとそれを捕まえる白衣の女性の噂が広まった。それは死体を復活させるマッドサイエンティストの噂となって、やがて全国に広まっていった。

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