黄金の輝きの中で
「おはよう」
「おはよう」
「ご飯、できてるよ」
「ほんとだ……すまないね、すっかり作らせちゃって」
「いいのいいの。昨夜も遅かったでしょ。先に起きて、作る気になった方がやればいいのよ、こんなの」
「でもここんとこずっとだからさ」
「そうだっけ? 平日は結構やってくれてるでしょ」
「いや、だってそれは当番制だし。週末も当番決めない?」
「えー。あたしも寝てたい日あるし、いいよ」
「そうかあ? 偏っちゃうと心苦しいんだよなあ」
「じゃあさ、朝ごはん作った方が、アイス奢ってもらうってのはどう?」
「アイスかあ……いいけどさ、お前ほんとにアイス好きだね」
「まあね。あ、なんなら幸夫はの時はビールでもいいよ。こっちもハーゲンダッツとかにすれば値段の釣り合いも取れるし」
「ビールなら、起きる気になるな」
「じゃあ決まりね」
「よし」
「……ねえ」
「え、なに?」
「なんか、あった?」
「いや、別に」
「ちょっとぼーっとしてたでしょ、今。箸止めて」
「いや……ちょっと、夢がさ」
「夢?」
「うん」
「酷い夢だったの?」
「そういうわけじゃないんだけど……実は最近、何度も見るようになった夢があって」
「何度も? 同じ夢を?」
「うん……正確には、その都度その都度違うっていやあ違うんだけど、同じ世界観っていうか。知らない国の知らない場所で、知らない誰かと知らない俺が、日常生活を営んでいる、って夢って意味じゃ共通してる」
「何それ? 知らない俺、って?」
「だから……夢の中じゃ何も疑問を感じないんだけど、今ここにいる俺とは全然違う俺で……名前も、聞きなれない、変な名前で」
「へえ。面白いじゃん」
「いや、まあ確かに最初は面白がってたんだけどさ。だんだん、こう、不安になってきて」
「不安?」
「うん。俺は……どっちの俺が本物なのかなって」
「ああ、あれか、胡蝶の夢」
「そう。まさにそれ。こうやって、舞香と暮らしているのが夢だったらどうしようとか、そんなこと考え始めちゃって」
「ううん……それ、考えてもしょうがなくない?」
「いや、そうだけど……舞香は不安じゃない? これが夢だったら、なんて」
「でも、それって、現実と何か違う? 今ここにこうしていて、昨日の記憶があって、明日もきっとあるだろうと思えていて。それ、夢だったとしたら、何か困るかな?」
「え? それは……」
「現実のように感じて現実のように振る舞って、今、ここにいる。次の瞬間目が覚めてこの全部が消えたとしても、そのこと自体は揺るがないでしょ」
「そう……なのかな」
「そうだよ。夢の中のあなただって、現実か夢かなんてことに悩んでなかったでしょ。ただそこにいて生きていただけ。それとこれになんの違いもないよ。考えても、仕方がない」
「舞香は能天気だなあ」
「現実的って言って。どこにいたって、名前がなんだって、アタシはアタシ。「今、ここ」の起点」
「そっか。まあそうだな、俺もそう思うことにするよ」
「それがいいよ」
…………ハッ!
「ごめんね。あなたじゃなくて、あたしの夢だったみたい。もちろん、そっちが現実でこっちが夢だとしたって、あたしは全然構わないけど……そっちが夢なら、あなたは存在しないことになっちゃうね」