士農工商 教科書の記述

本日もよろしくお願いいたします。ここ数日のポストで気になったことがあり、ペンをとっています。
今回の記事は、「士農工商」の教科書記述についてまとめていきたいと思います。中学歴史の教科書、日本史の教科書でそれぞれ相違点があるか、をまとめていきたいと思います。
最後までお付き合いよろしくお願いいたします。


■気になるポスト

教科書の記述から士農工商が消えているのでは、という話がありますが、日本史の教科書ではすべての教科書に記載があります。今回は日本史の教科書も解析対象とさせていただきます。

そして、東京書籍の話から、「士農工商」の研究についての指摘がありました。このことから、現在の中学社会では士農工商の記述がなくなっているのでは、といわれています。

では、これらの記述について、現在の教科書(来年以降では変更があるかもしれない)を使って解析していきたいと思います。

■中学社会の記述

➀東京書籍

まずは、東京書籍の記述から見ていきましょう。
東京書籍はP116、117に身分制についてまとめています。身分の区別については指摘しているものの、士農工商という語句は使用されていませんでした。

②教育出版

続いて、教育出版ですが、P124、125に記述がまとめられていますが、身分の上下を強めた、という指摘はあるものの、やはり、士農工商の記述は使われていませんでした。

③帝国書院

帝国書院ですが、P124、125に記述がありますが、こちらも身分を区別する仕組みを固めた、とはあるものの、士農工商という語句で説明していませんでした。なお、小学校の教科書では身分制、と書いていました。

④山川出版社

では、山川出版社はいかがでしょうか。こちらはP122に詳しく記述がありますが、身分制度に関する説明はあるものの、士農工商を使って説明していませんでした。こちらについては、町人の身分制を細かく記述していました。

⑤日本文教出版

日本文教出版を見ていきましょう。P134、135に記述がありました。こちらは身分制という語句を使って説明していますが、士農工商とは記述していませんでした。

⑥育鵬社

育鵬社はどうでしょうか。P126、127に記述があります。こちらも身分を定めて、秩序ある社会を作ろうとした、とありました。
そして、P127の「歴史ビュー」にこうありました。

江戸時代には、「士・農・工・商」(武士・農民・職人・商人)という、4つの固定化された身分制度があったといわれていました。
しかし実際には、武士、百姓、そして町人という、3つの区分で見る方が実態に即しています。
(中略)豊かな百姓・町人の中には、武士身分の買い取りや武家との養子縁組などにより、武士になる者もいました。この背景には、行政を行ううえでの読み書き能力を、百姓も持っていたことがあげられます。

「最新 新しい日本の歴史」(育鵬社)P127より

ここで、やって「士農工商」について説明がありました。実態に即すると、3つの区分で見る方が即しているそうです(ただし、実際は他にも区分があるとのことです)。

⑦自由社

自由社を見ましょう。教科書ではP126、127に記載があります。こちらも本文では3つの身分を区別する身分制度を定めた、とありますが、ここもP127のコラムに詳細に記載がありました。記述内容は育鵬社の記述に近かったので、そちらに説明を委ねますが、こちらでは「士農工商」は中国の古い書物にある言い方に過ぎない、という点まで踏み込んでいました。

⑧学び舎

学び舎の教科書ですが、こちらについては、P109に記載がありました。身分に応じた役を果たし、集団に属して生活し、社会の中で認められていたこと、上下の秩序が重んじられた、という記述がありましたが、士農工商という語句を使って説明はしていませんでした。

⑨令和書籍

最後に、次年度より教科書に採択されました令和書籍を見ていきましょう。ただし、自分が持っているものが「令和2年の不合格検定の教科書」となっていますが、特に指摘などがなかったので、そのまま記述させていただきます。もし、変更等がございましたらコメントなどで申していただけると幸いです
ここでは、兵農分離を基礎に、幕府は武士・百姓・町人の身分の区別を進めました、とありましたが、ここも士農工商という語句を用いていませんでした。こちらでは、近年いわれてた3身分制を主流にしていました。

■ここからもわかるように

以上から、中学社会では武士・百姓・町人の3身分制を中心に論が展開されていました。士農工商に触れたのが育鵬社と自由社の2社でした。
つまり、主要教科書では士農工商の記述を削っていました。おそらく、2つ目のポストにあった東京書籍の説を支持して記述されたのでは、と思います。
中学社会ではこうでしたが、日本史の教科書ではどうでしょうか?

■日本史探究の記述

➀詳説日本史探究(山川出版社)、高校日本史(山川出版社)

では、日本史探究の教科書をそれぞれ解析していきましょう。まずは詳説日本史探究から行きましょう。教科書ではP167に記述がありました。

近世社会の当初、武士は、政治や軍事、さらには学問・知識を独占しようとし、苗字・帯刀のほか様々な特権を持つ支配身分となった。(中略)
一方、社会の大半を占める被支配身分は、農業を中心に林業・漁業など小規模な経営に従事する百姓、多様な種類の手工業に従事する職人、商業や金融、さらには流通・運輸を担う商人を中心とする都市の町人の3つがおもなものであった。以上のような社会の秩序を「士農工商」とよぶこともある。

『詳説日本史探究』(山川出版社)P167より

なお、『高校日本史』(山川出版社)もP125、126にほぼ同じ記述がされていました。詳説日本史探究よりは平易に記述していました。

②日本史探究(実教出版)

続いて、実教出版の日本史探究をまとめていきましょう。教科書ではP177、178に記載があります。

(中略)被支配身分としては、農業や漁業・林業にたずさわる百姓と、手工業者としての職人や商業に従事する商人を中心とする町人のほか、一般の僧侶・神職、山伏・陰陽師おんみょうじなど寺社構成員以外の宗教者、芸能者、えた・非人その他の賤民などがあった。このうち、武士・百姓・職人・商人は士農工商(四民)といわれ、江戸時代では社会を構成する中心的な身分と考えられていた。(中略)儒者のなかには身分秩序とみなす者もあった。

『日本史探究』(実教出版)P178より

ここでのポイントは、儒者の中には士農工商を身分秩序とみなす者もいた、とあるので、これが儒学関係と大きな影響をもたらすのでは、と思います。中学社会の自由社の教科書でも中国の影響、とあるので、こことの関連性があると思います。

③精選日本史探究(実教出版)

実教出版のもう一つの教科書である精選日本史探究を見ていきましょう。教科書はP110に書いてます。

江戸時代の身分制は、儒学者などから「士農工商」といいあらわされることもあり、人々は、生業や居住地などによって組織された身分ごとの集団に属した。

『精選日本史探究』(実教出版)P110より

実教出版の日本史探究とほぼ同じように記述されていました。特に儒学者との関係性を記述していました

④日本史探究(東京書籍)

東京書籍の日本史探究での記述です。P145に記述があります。

江戸時代の社会では、武士や百姓、町人、職人などが、それぞれの職能によって区分された身分を形づくった★。
★江戸時代の身分をあらわす言葉として士農工商が有名であるが、これは中国の古典に語源を持つ。(中略)江戸時代には、士農工商は国家や社会をささえる四つの代表的な職能という意味で使われており、身分制度そのものではなかった。実際には、たとえば百姓身分のなかにも、農業以外の職業に従事する者が存在した。

『日本史探究』(東京書籍)P145より

こちらでは、中国の古典に語源を持つということを記述していました。儒学との関係性もあるのでは、と思います。

⑤高等学校日本史探究(清水書院)

清水署員の教科書を見ていきましょう。該当する箇所はP112ですが、こちらには記述がありませんでした。が、P128には詳細に説明がありました。
ここでの注目点は、一般の僧侶や神職、儒者、医者、修験者・陰陽師などの宗教者、芸能者など多様な人々が存在した。近年では、こうした「士農工商」の枠に収まらない人々に注目、という点です。ここについては、そこまで踏み込んだ記述をしたものがありませんでした。

⑥高等学校日本史探究(第一教科書)

最後に第一学習社の日本史探究を見ていきましょう。教科書ではP132に記載があります。

江戸時代によく使われた士農工商の語は人民一般のことをさし、直接には下級武士・農民・職人・商人のことを意味した。その語には上下関係というより役割分担の意識が含まれていた★。またその役割は流動的でもあり、武士の特権を得た百姓もいたが、それは上層の一部に限られた。
★農工商に属する民衆の間には士農工商の横並び意識が育った。

『高等学校日本史探究』(第一学習社)P132より

ここでは、士農工商の意味を中心に説明していました。

■共通していることは

ここからもわかるように、共通していることは、日本史探究の教科書では士農工商については否定していません。中には中国の古典に語源を持つこと、それぞれの役割についてまとめたものなど様々な視点でまとめていました。

つまり、中学社会の教科書で士農工商を使用していない、その意味は分かりますが、きちんと反映させないといけないところは反映させないといけないと思います(一部教科書では身分制と書いていました)。
中学社会の用語集では旺文社、受験研究社、創育どれも士農工商の記述がありました。拙著については、入試問題に出ていないことを理由に士農工商の語句をあえて外しています。拙著は入試問題に出るものを厳選しているため、掲載する優先度が低くなってしまいました。もし、記述問題での頻度が高まるなら、今後、何らかの形で入れる必要は出てくるでしょう。

考えられるのは、東京書籍の日本史教科書にある「士農工商は……身分制度そのものではなかった」というところを曲解して士農工商はなかった、とつながったのでは、と思います。
差別的、といわれている人もいるが、そのような記述はなかったはずです。あくまでも差別的だったのは身分制に入らなかった層のはずです。代表的な職能という意味で使われていた、とあるので、説明としてはこのようにしたらいいと思います。中学社会でもそのあたりを説明できればいいのかな、と思います。
士農工商がないと心学などの説明がやりにくくなる、というのは、心学は商人の存在意義を主張した、というところではないのでしょうか(違っていたらご教授ください)。
これについては、石田梅岩の『都鄙問答』内に触れています。そこでは「士農工商は天下の治まる相となる。四民かけては助け無かるべし」とあるので、士農工商の語句なしで説明は少し苦しいのかな、と思います。

少し難しいテーマでしたが、教科書をもとに解析するとこのようになっていました。少しでも参考になれば幸いです。
あくまでも、教科書に書かれた内容をもとに話してますので、研究などの深い話は入れてません。
参照されたい方は、最初のポストにあった「日本近世史入門」などを見ていただけるといいでしょう。

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中学社会・日本史講師吉野@予備校講師
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