見出し画像

vol.18【移動式の空間を再生したい】建築デザイナー、僧侶、チャイ屋・蓮溪芳仁さん登場!

◾️ゲスト:蓮溪芳仁
◾️パーソナリティー:梶原拓真(藝大楽理科)、髙田清花(発案・監督、藝大先端芸術表現科)

梶原:
このPodcastは巨匠の揺籃、東京藝大で学ぶ我々がさまざまな分野で活躍されるゲストの方々と、作家、表現者同士として語り合い、今再生したいもの、こと、曲をお届けする番組です。

梶原:
こんばんは、藝大生の再生するラジオ、本日パーソナリティを務めます梶原拓真です。
藝大の楽理科に在学しております。
本日も当Podcastの監督である高田さんと一緒にお届けします。

髙田:
こんばんは、Podcastと藝大校歌再生活動の発案、総監督をしております高田清花です。随所でちょこっとおしゃべりいたします。よろしくお願いします。

梶原:
よろしくお願いします。
そして本日のゲストは、建築デザイナー、僧侶、チャイ屋等々色々やられております、蓮溪芳仁さんです。
あの、蓮溪さんは藝大の建築科を出られているんですよね。

蓮溪:
はい、建築の大学院にもいき去年修了しました。

梶原:
本当は冒頭で肩書きをいうことになってるですけど、それ一括りでできない程、いろんな事をされている方で、

一同:
(笑)

梶原:
建築デザイナーと僧侶とチャイ屋っていうのは全く普通は結びつかないものですよね。
なので、とりあえずこの三つを紹介させていただいたんですけど、
何か高田さんは、蓮溪さんと元々繋がりはあったんですか?

髙田:
インスタがきっかけです。
先ほど修了されたと仰っていましたが、院の入学が決まったってゆうストーリーを見て「おめでとうございます」って唐突に私がDMを送りました(笑)

蓮溪:
うん、突然。

一同:
(笑)

蓮溪:
その年は、髙田さんが学部を、僕は大学院に入った年でした。
ちょうど二人ともコロナ禍で、僕の場合は卒業式も無ければ入学式もなく、髙田さんも入学式がなかった時でした。

蓮溪:
僕は同じ大学を出て同じ大学に入ったので景色も変わらない中、
まあ、コロナでちょっと色々変わったことはあったけど、ふわぁとなんも掲示もなく変わっていくのにすごい違和感を持っていた時に、
まあインスタだけでも僕を卒業して入学しましたって報告しとこうと思って報告した時に知らない人から「おめでとうございます!」ってきて、
誰だ!?って思ってみてみたらなんかまあ藝大の後輩らしく、楽しそうな人なので「ありがとうございます。」って言って、それが1番最初のコンタクトでした。

梶原:
それが最初か、すごいな。元々フォローしてたの?

髙田:
私からフォローして、返してくださって、投稿とか普通に見てたけど、なんか合格されたんだなって(笑)

蓮溪:
あのフォローされたら基本的にはなんか変な人じゃなければフォロバクしてて、
特にアーティストとか、作品の制作とかやられてる人はこっちも繋がりたいしそれですぐフォローバックしてるんですけど。

髙田:
それで一回飲みにいったり、いろんな旅があって

蓮溪:
まあ、そこからインスタがきっかけで仲良くさせて頂いてるって感じですね。

梶原:
あ、そうだったんですね。
あの、蓮溪さん三月の奏楽堂の公演にもいらっしゃったということでその時の率直なご感想とかをあればお願いしたいんです。
※ 当番組の母体「藝大校歌再生活動」は2024年3月に藝大奏楽堂にて「奏楽堂企画」(公演)を開催

蓮溪:
なんて贅沢なコンサートなんだろうって思いました。まず観客、一観客としては藝大生の、技術も気持ちも入ってる作品としての校歌を何パターン聴かせてくれるんだって言う(笑)
色んなパターンで聴かせてもらって単純にワクワク楽しく聴かせて貰ったてゆうのもあり

髙田:
うんうん(笑)

蓮溪:
あとはその、藝大卒業生としてはやっぱり色々思い出すことがありました。
コロナ禍でのモヤモヤだったり葛藤みたいなものをあのコンサートに現れていたと思うんですけど、僕も同じ時代を同じように藝大生として歩んできた身でしたし、
その学部生院生と藝大生としてやアーティストとしてだったり、社会や外に出てプロジェクトをやることも沢山あったので、自分のプロジェクトを思い出しながら、なんかむず痒い気持ちがありました。

梶原:
あーなるほど確かに僕もあの舞台には乗っていたんですけど、あれがなかったと思うと、相当藝大生として実感する場所って無かったな、て思いますね。
ほんとに髙田さんのおかげです。

髙田:
ありがとうございます(笑)

蓮溪:
数年ズレてたら僕もあそこのステージで一緒に歌ってたかもしれないみたいなことを考えると、すごいなんかムズムズしました、なんか(笑)

梶原:
複雑なね(笑)

蓮溪:
そう、複雑な気持ち。

梶原:
あの蓮溪さんSNSによく散歩されてるストーリーを投稿されてるって伺ったんですけど、散歩がお好きなんですか?

蓮溪:
散歩は好きですね。アカウント名が「hasu_to_sanpo」な、ぐらい。

梶原:
あーそうですよね!(笑)

蓮溪:
なんか散歩を目的に出かけることはあまり無いんですけど、どこか目的地がある時に、この収録地だったりもそうですけど普段行かないようなところに行くのが結構好きでそこへの道のりをあえてちょっと遠回りしちゃったりとかしながら街見ながら歩くのが好きですね。

梶原:
あー確かに。東京の街とかあるいは何か色々風景があるじゃないですか。どんなところを散歩するのがお好きなのですか?

蓮溪:
そうですね、どこでも結構発見することが沢山あるので、日本国内に限らずどんなところでも好きですけど、田舎と街でどっちかって言うと街の方が好きかもしれないですね。

蓮溪:
なんか僕はどんなものでも製作者側に立って見る癖があって。
音楽であっても、その立体作品、映像作品であっても、製作者の人たちがどんな気持ちでどうゆう狙いがあってその色を選び、形、音を選んだんだろうみたいなことをできる限り、自分の知る知識の中でしか想像できないけど、そうゆうことを考えながら物事を見る癖があって、
なので自然物を見て癒されるし楽しいけど、それが人工物である場合だとそこに作られた意図があるじゃないですか。

蓮溪:
それが個人の作り手の意図なのか、集合体としての個人個人の思いみたいなのがぶつかり合った結果偶然産まれた形なのか、みたいな事を考えながら見ていくと、街には一つひとつそうゆう答えらしきものが見えてくるので、田舎の何も無い風景ってゆうのも好きですけど、意図が感じられるような街の方が僕は好きかもしれないですね。

梶原:
なるほどな〜、ちょっと今度からそうゆう意識で見てみると楽しめるかもしれないですね。

髙田:
うん、そうだね(笑)

蓮溪:
僕のストーリーをぜひ見ていただいて

梶原:
ちょっと見たいなって思いました。

蓮溪:
僕は建築を学んで、専門的な知識みたいなものも少しは身についているので、何も考えずに街を眺めるよりは、多分裏側の世界を見れているとこもあると思っていて。
それを専門用語を使ってしまうと誰にも伝わらないので、なるべく多くの人たちにでも専門的な事を、僕と同じく学んでいる人達にも楽しく見れるような、
こんな感じで考えながらストーリーをいつも書いてますね。

髙田:
そうそう、なんかあのね、言葉もすごい特徴的で、
ぜひ皆さんもちょっと見てみてくださいね。

蓮溪:
言葉、配置、色など、
色の配置とかポスター、キャッチコピーを作るのにストーリーは結構練習になるんですよね。
みんな携帯のサイズでしか見ないから、あの小さい画面で読める文字の大きさだったりとか写真だったりとか配色だったりとか、みたいなことを考えながらやるのは結構練習になると思ってます。

梶原:
なるほど。

髙田:
ストーリーの投稿がいっぱいあるじゃないですか。
一枚目みるとめっちゃいいやんって思っていいねして、次見るとまためっちゃいいやんって、結局全部いいねするみたいなことがしょっちゅうあるけど(笑)

蓮溪:
めちゃくちゃ嬉しい(笑)ちょっと応援になってますね、それ。

髙田:
いやいや。
是非是非見てくださいね!

梶原:
はい。あの、ところで散歩と関係するかわからないんですけれども、歩くチャイ屋、歩く寺などされているじゃないですか。蓮溪さんのなかに「歩く」っていうのがもしかしてテーマにあったりするんですか?

蓮溪:
そうですね、何かをテーマに何かをしようって最初に決めて動き出すことよりも、何かぼんやりとやりたいことがあって動いていくうちに一貫性がでてくることが多いです。
最初から「歩く」をテーマにインスタや制作をしてた訳ではなかったんですけど、
大学院で個人研究をするじゃないですか。最終的には修了制作を、

蓮溪:
屋台とかテントだったりなどの建築って言われる領域の中でもすごく小さな領域、
日陰がこっちにあるからこっちに動かそうとか、雨がここは当たるからもうちょっと入れてあげようとか考えながら、動かせる空間だったり建築に興味を持ちました。
そこから制作していくうちに、だったらもう背負ったり着たりして人と一緒に旅できるくらいが、なんか建築としても人間としても楽しいんじゃ無いかってことを考えるようになり、最終的には歩く、散歩をするのが好きだったってゆうこともあって歩く建築だったり歩く寺だったりていう、、そういう形に収まりました。

髙田:
最初はテントとかそうゆうものから
移動するゲルとかなんかああゆうとこから始まったって聞いたことがあります。

蓮溪:
そうですね、アフリカの方にあるプロジェクトで行くことがあったんですけど、何もないところに彼らは自分達の商品売り物とかを持ってきてそこに並べるんですよ。それで、お店を開いて終わったら片付けて帰る。暑いので日差しを避けるための、パーゴラ的なもの、テント的なものを仮設でそこに建てるんですけど、それをやってるのを見て、思い返して見れば日本も江戸時代の絵巻とか見てると屋台とかあるじゃないですか。

蓮溪:
でも今の街を歩いててもそういう物は無いし、やることがそもそも禁止されていたりだとか、
誰かがものを持ち事を法律でここからここまでは誰かの、こっちからあっちは誰かのもの、その間は存在しないみたいにガッチリ決めてしまってグレーなゾーンが無くなった結果、あんまり移動したりっだたり、あったりなかったりするみたいなその空間の形だったり、所有の在り方みたいなのがだんだん排除されてしまったってゆう歴史があって、
アフリカを見た時の活発な人間のやり取りとか、空間の作られ方にすごい感銘を受けて、もう一回日本もそうゆうのを思い出したらいいんじゃないかなってゆう思いから、あの屋台だったりテントってゆう話になって来ましたね。

梶原:
あ、そうだったんですね。確かに建築物が動く発想、新しいなって最初思ったんですけど、よく考えてみれば昔はよくあったんですよね!

髙田:
ごめん、なんか感想なんですけど(笑)
あの、インドネシアと最近行き来することが多くて、あっちにはそういう文化が残ってますよね。

蓮溪:
ありますよね。

髙田:
まあ、現地の人からしたら当たり前だけどその、日中はただの道路で、でも夕方、日が暮れる前くらいにみんな箒持って掃除して、自分の建物としてのお店などを出すための準備し始めるとこをぼーっと見てると、
なんかまあ本人からしたら当たり前だけど、それも建築の一つの行為というか、今日はちょっと移動してここに建てるとか、そうゆう判断でさえもある種建築の中の一つの必須なもので、さっきお話しされていたように、こういう現代の日本で生きてるとそれさへめっちゃ新鮮で、その行動が根源的に思えて。

蓮溪:
そうですね。
日本は四季がはっきりした国だからそれがあった方が良いし、ま、そんなことはみんな知ってはいるはずなんだけど、やるような街じゃ無くなってるっていう。
夏や冬でも過ごしやすいように寝泊まりする部屋を変えていた時代があったはずだけど、今はクーラーがあるから別に移動しなくても、季節とやり取りをしなくても生きていける。それが良いと考えるか悪いと考えるかは人それぞれだと思うんですけど。

髙田:
そう昔はもっと、色んな風景を見てたんでしょうね。当然移動するから、今定住が基本でその辺も興味深いですね(笑)

梶原:
なんか、ある意味僕からすると、すごく目から鱗というか。インスタで歩く僧、歩く寺を見させて頂いた時は、すごく奇抜だなって思ったんですけど、そういう背景があるって知るとそれが自然な姿なんだなってゆうのがすごく新しい発見だと思いました。
そもそもそういうアートとかに興味を持ったきっかけはあるんですか?

蓮溪:
きっかけはまた歩くとかに関係ないんですけど、元々親も美術関係が好きで、父親は彫刻を学生の頃学んでおり、木工作品を作っていて、母親は染色を学生の頃やっていて。
芸術に小さい頃から触れさせてもらえていた家だったので、物作りする事は息をするようなことで、僕にとって当たり前のことではありました。

蓮溪
建築に進むようになったのは、元々幼稚園ぐらいの時にNHKかなにかでチャップリンの映画をみて、言葉を使わずに、かつ自分は監督、俳優、音楽制作もやってひとつ作品を作り上げて、世界中の人の考え方も変えていくみたいな、その映画がめちゃめちゃかっこよくて、そうゆう事をやりたいと思ったんですよ。
それで映画監督になりたいがずっと僕の夢だったんですけど、

蓮溪:
高校で文理分かれる時に「お前は理系だ」と言われて先生に(笑)
なんか映画監督って文系な気がしてたんだけど理系になにがあるのかなって思って調べた時に建築を知り、建築は総合芸術と言われていて、彫刻・発明・アートどんなものでも建築というものに一つ完成されていくみたいな文章を読んだ時に、建築を最初に学んだ上で映画監督だったりとかその後の職業を決めるのも面白いのかもしれないと思って。
別に建築家になりたかったわけでは無いんですけど、建築の道をその時知って、建築に入ってきたってゆう感じですね。

梶原:
はー面白いですね。そうか、

蓮溪:
そうなので、自分の作品があまり建築って言えるか言えないかグレーなゾーンになってるのも、あえて建築から外れようとしている訳ではなく、元々やりたかったことの空想の世界だったりとか、
今僕たちが生きている世界じゃなく、自分が思い描く世界みたいなものを実現させるツールとして映画ではなくて、建築っていう手法を選んでいる。
だから、その建築から外れた様な、グレーな所に自分の作品があるのかなと思ってますね。

髙田:
はーなるほど。

梶原:
なんかそうですね、
建築科としてみると、それこそご自身で仰ってた、一見建築とは外れたようなことや、他にも色々と活動されているようにも見えますけどそういう意味があったんですね。
本当に色々されてますけど、その中にやっぱり自分がやりたいことだったり欲しい物を創作するみたいな、そういうところで一貫しているのかなと感じました。

髙田:
そう、あと僧侶の話も

梶原:
ここでね(笑)

髙田:
いつも寺寺言ってたから(笑)
どういうことか説明をお願いします。

蓮溪:
そうだそうだ、なんかひとつのこと説明しようとするといらんキーワードがついてきて、その説明するとどんどん話が広がってっちゃうっていう(笑)

蓮溪:
修士の最後の作品で「移動する寺」を制作したんですよ。実は実家がお寺で、元々移動する建築を作ろうとしていて、それを寺にするかどうかは選択の余地もありました。
寺ではなく移動する珈琲屋さん、移動する銭湯とかでも良かったのかもしれないけど、
僕はまあ実家がお寺であの中で育ってきて、何百年何千年と移動せずそこにあり続け、人を向かい入れる場所だったお寺が、歩いて移動しはじめたらどんなことが起きるんだろうっていうファンタジーの話を、最後の修了制作で作りました。

蓮溪:
お寺にはお寺の問題があって何百年何千年移動しなくてもみんながそこに来てくれていたけど、今僕らの世代で「お葬式挙げるとしたらどこのお寺ですか?」って聞かれたときに、答えられる人ってすごく少ないと思ってて、
小さい頃からお寺に行く習慣はもうほとんど無くなっているし、いわゆるお寺を維持するためのシステムだった檀家制度もあまり成り立たなくなっている。
それは時代の流れだし無くなっていくものがあるのはまったく不思議なことでは無いけど、新しい道を見つけていく必要はあると思っていて、
これが正解だとは断言しないけど、その一つとして僧侶と一緒に寺が移動して、新しい場所や人を見つけていく世界線もあるのでは、ってゆうような作品が「移動する寺」でした。

髙田:
へーおもしろい!
なんか、お坊さんが移動したり歩くのは街でも見かけるし。

蓮溪:
托鉢っていうね。ありますよね。
寺自体はないですよね。

髙田:
そうそうお寺が動くってゆうのはない、面白いな(笑)

蓮溪:
それもね話し始めると二時間くらい話せるかもしれないってゆう(笑)

梶原:
蓮溪さんの中に深みがありすぎますけど、
じゃあここらへんでおなじみ恒例のコーナーをやって参りたいと思います。
あなたが再生したいもの、こと、曲は?

髙田:イエーイ!
(拍手)

蓮溪:
あ、こうゆう感じね、あはは(笑)

梶原:
はい、コーナー名でした。
第二回あなたが再生したいもの、こと、曲は?シリーズということで再生という言葉の意味を広く捉えて、毎回ゲストの方に伺う共通の一問です。
蓮溪さんが再生したいもの、こと、曲はなんでしょうか?

蓮溪:
ここに来る途中もずっと色々考えていて、色々あるんですよ、あの人との関係性とかさ

髙田、梶原:
(笑)

蓮溪:
無くしたあの物とか、大切な物とか、色々あるじゃないですか。
色々あって色々考えてはいたんですけど、今ここで話してて、僕が制作してる移動式の空間はもしかしたら再生の一つなのかなって思って、それにしよう!て思いました。

蓮溪:
来る途中にこれも考えてたんですけど再生って言っても時代が変わって当時のものをそのまま再現するのは不可能じゃないですか。
物によるけどその当時生きてた人はいないし、状況も変わってしまっているし。
それに、それが無くなってしまった理由もあるわけじゃないですか。
再生は過去のものを目標に、過去のものを糧に、また新しいものを作っていくということなのかなと思っていて。

蓮溪:
先ほど僕の作品に対して新しい感じがしたと仰って頂いただきましたけど、
僕は校歌再生活動とかを見ていても、新しく感じました。なぜかというとあれは元々美校の方の歌じゃないですか。でも音校と美校の曲として作り上げていて、再生とは言ってるけど新しいものを作っている。そこが再生や復興とかもそうかもしれないですけど、まったく同じものをもう一回っていうことではないんだなぁて改めて最近感じてます。

梶原:
そうですねー、自分は音楽やってるんですけど、音楽も同じかなぁと思っていて。
古楽とかもあるけど、あれは、昔を再現してるのではなくて、一つの新しい流れだと思ってるんですよね。そこはすごく共通するなって思いました。はい、ありがとうございます。
最後に、蓮溪さんの今後の展望とかあればお聞かせください。

蓮溪:
今後の展望、何も見えてないんですよね〜(笑)

梶原:
いやいや、そんなことないと思うんですけど(笑)

蓮溪:
とりあえず目の前にあるものを作ったり、藝大生に結構多いと思いますけど、描いたり作ってないとほんとに死んじゃうんですよ。ほんとの意味で。息みたいにしてるから、それをやっていないと自分の価値だったりとか感じられなくなってしまったり。
今、大きい目標でここに向かっていくんだってのは無いけど、やりたいことは山ほどあって、とりあえずそれを形に一歩ずつしていこうってゆう感じですね。

髙田:
はー、広がる

梶原:
いいですね、映画監督っていうのもいずれやりたいなって思ってるんですか?

蓮溪:
そこら辺も揺らいでて、映画じゃなくて良いなって最近思っていて。

梶原:
そうなんですね。

蓮溪:
最近あるお仕事で映像作品の美術小道具として絵を描かせてもらったんですけど、タイムマシーンの図面を描くっていう。
タイムマシーンの図面って、あの結局嘘じゃないですか。

蓮溪:
嘘だと思って僕も書いてるんですよ。
で、嘘をいかに本物らしく信じられるように描くのに力量とかエネルギーが注がれていて、それはどんな映像作品でも、ドキュメンタリーであっても、あの多かれ少なかれあると思うんですよ。
それがその人たちにとっての本物になるようにってゆう。
でも、描いてる自分がそこを信じきれない部分もあって、片や建築はあの絶対本物の線だと信じてみんな描いていて。実際お金が集まらなくて最終的にできなかった巨大プロジェクト、競技場とかもそうですけど、実際描いてる人たちはそれが成り立つと思って描いている。
そこになんか映像作品と建築の違いがあるのかなぁって思っていて、僕はやっぱりこれが実物になる、手に触れる、そこに時間としてあれるものを作ることの方が、なんか性に合ってるのかもしれないって最近思っていて。
もしかしたら映画監督っていう形じゃなくて現実世界でそういう、映画監督でやりたかったような世界を実現できるような仕事を目指していきたいかなって思ってます。

梶原:
なるほど。これは面白いですね、今後も注目していきたいなって思った次第です。

今日は蓮溪さん、本当にありがとうございました!

蓮溪、髙田:
ありがとうございました!
梶原:
ご感想は「#藝大生の再生するラジオ」をつけて是非投稿してください!
今日のお相手はパーソナリティの梶原拓真と、
髙田:
当podcastと「藝大校歌再生活動」発案・監督の髙田清花
蓮溪:
蓮溪芳仁でお送りしました!

一同:
ありがとうございました〜(笑)

(文・山口紗季)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?