均衡の力 序章②

夜明け前の薄明かりの中、俺は決意を胸に村へと駆け出した。後ろで泣き崩れる母さんの姿が、頭の隅に焼き付いて離れない。父さんの温もりも、あの最後の笑顔も……すべてが胸を締め付ける。だが、今は立ち止まってる場合じゃなかった。





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村へ向かう道すがら、遠くから聞こえるはずの静寂は、今や悲鳴や金属がぶつかる音、そして焦燥と混乱の叫びに満ちていた。森を抜けると、灯りもまばらな村の輪郭が次第に目に入ってきた。だが、そこに映っていたのは、いつも穏やかだった村の風景ではなかった。家々の窓からは炎がもれ、道端には逃げ惑う村人たちの姿があった。



「ルリカー-------!!!ルリカー-------!!」



どんだけ探してもルリカの姿は見当たらなかった

少なくとも逃げている人の中にはいなかったはずだ


俺は、足が自分の意思を失ったかのように、燃え盛る村の中を駆け抜けた。


村の外れ、焼け焦げた家々の向こうに、もしかすると中心部に隠れているのかと、わずかな希望が胸をよぎる。

  だが、考えれば考えるほど、ルリカはもうこの村に居ないのかもしれないという絶望がじわじわと広がった。


  「父さんは命をかけて俺を守ってくれた……それなのに、俺はルリカすら助けられなかったのか?」


心の中で問いかけるたびに、自分の無力さと、父さんや母さんに見合う価値のなさが痛烈に突き刺さる。涙が頬を伝い、怒りと悲しみが交錯する。

しかし、その瞬間、足元にふと目をやると、燃え落ちた瓦礫の隙間から、薄暗い光が漏れているのに気付いた。

-小さな光か?

俺は躊躇なく、その方へと身を屈め、瓦礫をかき分ける。そこに転がる一枚の布切れがあった。焦げた匂いとともに、そこにはルリカがいつも身につけていた小さなリボンの一部らしきものが、かすかに輝いていた。


  「ルリカ…!」


  その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。もし、彼女がまだこの村にいるのなら、今すぐにでも探さなければならない。俺は震える手でその布切れを拾い上げ、かすかな温もりを感じ取った。まるで、遠い記憶の中に埋もれた彼女の笑顔が、俺に呼びかけるかのようだった。

  足早に、しかし慎重に、俺は再び村の混沌の中へと戻った。焦げ付いた家々の隙間から、逃げ惑う人々の影を追いながら、胸中の重い疑念と戦う。


 「俺は、父さんや母さんに恥じぬように…ルリカを、守らなきゃ……!」


 「グゥォォォォォッ!!」


魔物が突如姿を現した瞬間、俺の全身に凍りつくような衝撃が走った。心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れる中で、血が一瞬、凍りついたかのような感覚に襲われる。逃げなければいけないと思うも父さんが目の前で死んでしまった事がフラッシュバックしてまるで金縛りにでもあったかのようだ


魔物の牙が、俺の胸に迫ってきたその刹那、全てが終わったと思った。血の気が一瞬にして抜け、心臓が激しく鼓動する中、視界は暗闇に飲み込まれそうになった。絶望の淵に立たされ、俺はもう、死が目前に迫っていると感じた――


その瞬間、背後から一閃の光が走った。眩いほどの剣光とともに魔物の頭が地面に転がっていた


「ケイゴくん!!なんでここにいるんだ早く逃げろ!」


「ホクさん!!」


ルリカを探すのに必死だった思いが見知った顔を見て安心したのか魔物と相対した時の緊張が薄れたようだ


「ごめんホクさん...お母さんから村で最初に襲われたのが俺の幼馴染のルリカってきいて居ても立っても居られなくて...」


ホクさんは一瞬、困ったような顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「…ケイゴくんの気持ちはわかる。でも、君がここで死んだら、君を守ろうとしたお父さんやお母さんの気持ちはどうなる?」


「……それは……」


「それに、今は無鉄砲に動くより、生き延びることが最優先だ。ルリカちゃんを探したいなら、まずは落ち着け」


俺は歯を食いしばった。わかってる。でも……!


「でも、もしルリカが今どこかで助けを待ってたら...! 俺がここで何もしなかったら……俺は……」


言葉が詰まる。その時、ホクさんは俺の肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。


「分かったケイゴくん。僕も一緒にルリカちゃんを探すよ。でももし危険な状況になったらすぐに隠れてくれるかい?」


「あ、ありがとうホクさん!!」


ホクさんと俺は、炎に包まれた村の中心部へと駆けた。道の途中、倒れた村人や崩れた建物の間をすり抜けながら、俺は必死でルリカの姿を探す。しかし、どれだけ目を凝らしても、彼女の姿は見当たらなかった。


「ルリカ……どこにいるんだよ……!」


焦りが募る中、村の広場にたどり着いた瞬間、俺は息をのんだ。


そこにいたのは長い髪をまとった男だった


「ようこそ、"生き残り"ども」


広場の中央、燃え盛る建物の影から、ゆっくりと一人の男が姿を現した。


肌は青白く、長い黒髪が風になびいている。その瞳はまるで燃えるような赤。全身を黒い装束で包み、漆黒の剣をゆるりと肩に担いでいた。その周囲には、魔物たちが蠢き、不気味な空気が漂っている。


「お前……魔族か……?」


ホクさんが剣を構え、警戒の色を浮かべる。その目には、ただならぬ緊張がにじんでいた。


「ふふ……名乗るほどのこともないが、一応言っておこうか。俺の名はゼファルト。お前ら人間どもを狩るのが役目の"魔人"だよ」


ゼファルト -その男は、俺たちを見下すように笑いながら、漆黒の剣を軽く振った。その瞬間、空気が震えた。


「……こいつ、ただの魔族じゃない……!」


ホクさんが呟いた直後、ゼファルトが消えた――


いや、速すぎて見えなかっただけだ!


「――ッ!」


次の瞬間、ホクさんの目の前にゼファルトが現れ、漆黒の剣が横薙ぎに振るわれる。


ギィンッ!!


火花が散る。ホクさんは寸前で剣を構え、ゼファルトの攻撃を受け止めていた。しかし、その衝撃で足元の地面が砕け、ホクさんの体が押し飛ばされる。


「チッ……! さすがに速いな……!」


「おやおや、これを防ぐとは……ただの村人じゃないようだな?」


ゼファルトは余裕の表情を浮かべながら、剣をクルリと回した。


「ケイゴくん! 下がってろ!」


ホクさんが叫ぶと同時に、俺は慌てて距離を取った。しかし――


(クソッ……俺はまた……見てることしかできないのか!?)


歯を食いしばる俺の前で、ホクさんとゼファルトの激しい剣戟が始まった。


ホクの圧倒的な剣技

「はぁっ!!」


ホクさんが勢いよく踏み込み、鋭い斬撃を繰り出す。しかしゼファルトは余裕を持って剣を弾き、ステップを踏みながら避けていく。


「お前の剣筋……悪くない。だが――」


ゼファルトが剣を横一文字に振るった瞬間、黒い衝撃波が放たれた。


「くっ……!」


ホクさんは咄嗟に回避しつつ、地面を蹴って跳躍する。


「オオオオッ!!」


空中で体をひねりながら、鋭い一撃をゼファルトに叩き込んだ。


ザンッ!!!


ゼファルトの肩口から鮮血が飛び散る。


「……ほう?」


ゼファルトはわずかに目を見開いたが、次の瞬間にはニヤリと笑った。


「やるじゃないか……でも――」


ゼファルトの体がブレた。


「今度は、俺の番だ」


ホクさんの目が一瞬、鋭く光る。


「――遅い!」


ホクさんはゼファルトの動きを完全に見切っていた。


ゼファルトが剣を振るうよりも速く、ホクさんの剣がゼファルトの腹部を貫いた。


ドンッ!!!


ゼファルトの体が地面に叩きつけられる。


「……ぐっ……」


初めて苦しそうな表情を浮かべるゼファルト。しかし、まだ終わっていなかった。


「俺になにかできることはないのか...またさっきみたいに見てるだけなのか...」


俺の体が、熱くなる。


母さんが俺に託した力。


父さんが守ってくれた命。


「戦いをみてるだけになんてならない!!

 俺は……もう、誰も失いたくないんだ!!」


俺は叫びながら、両手を前に突き出す。


ゼファルトがゆっくりと顔を上げた。その目が、驚愕に染まる。


「なっ……!? その魔力は……!」


俺の手のひらに、蒼白い炎が灯る。


(これが……母さんの...俺の力……!)


「……消えろ!!」


俺は渾身の力で、ゼファルトに向けて魔法を放った。


ゴオォォォォッ!!!!


蒼白い炎がゼファルトを包み込む。彼の悲鳴が響き、黒い衣が焼かれていく。


「……ぐ、ぁぁぁぁ……!! ふざけるなああああ!!!」


ゼファルトの体が、炎とともに弾けた。


戦いの終焉、そして失われたもの

「はぁっ……はぁっ……」


俺は膝をつき、荒い息をついた。


「やった……?」


ホクさんがゆっくりと剣を下ろす。ゼファルトのいた場所には、ただ黒い焦げ跡が残るだけだった。


「……やったな、ケイゴくん」


ホクさんが笑いかける。その言葉に、俺はようやく肩の力を抜いた。


しかし――


「……ルリカ……!」


俺はすぐに周囲を見回した。


でも、ルリカの姿はどこにもなかった。


「くそっ……どこだよ……!」


広場には、焼けた瓦礫と倒れた村人たちの姿しかない。ルリカが囚われていると思ったのに……彼女はいなかった。


「ケイゴくん……」


ホクさんが申し訳なさそうに肩を落とす。


「ルリカは……見つからなかった」


俺は拳を握りしめた。


(ルリカは父さんみたいにもう...)


悔しさと、虚無感が襲いかかる。




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ホクさんとの戦いを終えた俺は、倒れた魔人ゼファルトの燃え跡をじっと見つめていた。村の空はまだ黒い煙に覆われ、焼け焦げた匂いが鼻を刺す。辺りには倒れた村人たちが横たわり、かつての穏やかな日々が幻だったかのように、全てが崩れ去っていた。


だが、俺の目はただひとつのものを探し求めていた。


「ルリカ……」


名前を口にした瞬間、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。


「ケイゴくん……」


ホクさんが俺の肩に手を置いた。その温かさに、俺はなんとか意識を保つことができた。

頭の中では、彼女の笑顔が何度も何度も浮かんでは消えていった。


「……ルリカが……死んだ……?」


まるで呪いの言葉のように、俺はそれを口に出してしまった。


「……ケイゴくん……」


ホクさんの表情が曇る。彼だって、何かを確信しているわけではないはずだ。でも、こうして村を見渡しても、ルリカの姿はどこにもない。


彼女が逃げ延びたとは思えない。村は完全に襲撃され、ほぼ壊滅状態だ。誰かが助けてくれたとしても、あの混乱の中で生き延びられる可能性は限りなく低い。


「……っ」


何も考えられない。ただ、虚しさと後悔だけが押し寄せてくる。


「また……俺は守れなかった」


呆然と呟いた。


父さんの時と同じだった。


大切な人を、また――俺は守れなかった。


ルリカの小さなリボンの欠片を握りしめ、俺はその場に崩れ落ちた。


「……俺、どうしたらいいんだ……」


涙が止まらなかった。悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて――胸が張り裂けそうだった。

俺はもう、何も失いたくない。


ならば、今すべきことは――


「……ホクさん、俺を連れて行ってくれ」


「……どこに?」


「魔法を教えてくれるんだろ? だったら、俺も連れて行ってほしい。俺は……俺はもっと強くなりたい! ルリカを取り戻すために……今度こそ、誰かを守るために!!」


ホクさんはしばらく俺の顔を見つめていた。そして、微笑んだ。


「……よし、なら俺についてこい」


俺は立ち上がり、まだ燃え続ける村を振り返った。この場所は俺が育った村、父さんと母さん、ルリカと過ごした大切な場所だった。


ホクさんは何も言わず、俺の肩を軽く叩いた。


「……行こう、ケイゴくん」


「……どこへ……?」


「君のお母さんのところへ。ルリカちゃんのことを伝えなきゃいけないだろう?」


俺は唇を噛みしめ、立ち上がった。


そうだ。母さんに伝えなきゃいけない。






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母さんの待つ場所へ戻ると、彼女はじっと燃え落ちた村を見つめていた。その姿は、まるで今の俺の心情を映し出すかのようだった。


俺が近づくと、母さんはゆっくりと振り向いた。


「……ケイゴ」


その優しい声を聞いた瞬間、俺は涙が出そうになった。


「母さん……」


母さんは俺の顔を見て、ホッとしたように微笑んだ。


「無事でよかった……」


「母さん……俺……」


どう言えばいいのか分からない。喉の奥がひどく痛む。


母さんは、そっと俺の顔に触れた。


「……ルリカちゃんは?」


その問いに、俺は何も言えなかった。


手の中に握りしめたままのリボンが、指の隙間からこぼれ落ちる。


母さんはそれを見つめ、すべてを察したかのように静かに目を閉じた。


「……そう、なのね」


俺はこらえきれずに叫んだ。


「また……俺は守れなかった!!」


「……ケイゴ」


「父さんも!!ルリカも!!俺がもっと強かったら……俺がもっと強かったら……!」


母さんは何も言わず、ただ俺を抱きしめた。


「……あなたは、十分頑張ったわ」


「でも……でも……!」


「それでも、まだあなたの道は終わっていないわ」


母さんは、俺の頬をそっと撫でた。


「あなたはこれからどうするの?」


「……」


俺は涙を拭い、息を整えた。そして、目の前のホクさんを見つめた。


「俺は……ホクさんと行く」


母さんは驚いたように目を瞬かせた。


「剣を学ぶんだ。もっと強くなる。……もう、誰も守れなかったなんて、二度と言いたくないから」


母さんはしばらく黙っていた。でも、その沈黙の後、静かに微笑んだ。


「そう……ケイゴ、あなたは強くなるのね」


「うん……絶対に」


母さんは俺の頭を撫でると、少し寂しそうに言った。


「あなたの道を進みなさい。でも、いつか必ず帰ってくるのよ」


「……約束する」


俺は母さんと強く抱きしめ合った。

   






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ケイゴが旅立ちの準備をしている間、リゼルとホクは焚火の前に腰を下ろしていた。夜の帳が下り、村の焼け跡を静かに照らしている。二人は長い沈黙の中にいたが、やがてリゼルが静かに口を開いた。


「……まさか、あなたとこんな形で再会することになるなんてね」


「俺もです……」


ホクは炎の揺らめきをじっと見つめながら、どこか遠い目をしていた。


「リゼルさん、ガルドさんは……最後まで戦ったんですよね?」


「ええ、ケイゴを守るために……」


リゼルの声は穏やかだったが、その奥には深い悲しみが隠されていた。


「俺が、もう少し早く村に来ていれば……」


ホクは拳を握りしめた。


「……遅かったんです」


「あなたのせいじゃないわ」


リゼルは優しく首を振る。


「ガルドは、ケイゴを守るために戦った。それが彼の選んだ道だったのよ」


ホクは苦しそうに眉を寄せた。


「でも、俺は……何もできなかった」


「そんなことはないわ」


リゼルはホクの顔を見つめ、微笑んだ。


「あなたは、私の最後の弟子でしょう?」


「……」


「あなたがいなければ、ケイゴはここまで生き延びられなかった」


ホクは驚いたように目を瞬かせた。


「俺は……そんな大したことはしてません」


「あなたは昔からそうだったわね」


リゼルは少しだけ笑うと、静かに言った。


「私があなたに剣を教えたときも、あなたはいつも自分の未熟さばかり気にしていた。でも、私は知っているわ。あなたは強い。そして、優しい」


ホクは少しだけ目を伏せ、懐かしそうに息をついた。


「……リゼルさん、変わりませんね」


「変わったのは、私たちの立場よ」


リゼルはふっと遠くを見つめた。


「昔は、私があなたを導く立場だった。でも今は、あなたがケイゴを導く番」


「……」


「お願い、ホク。ケイゴを――私の息子を、強くしてあげて」


リゼルはホクの手をそっと握った。その瞳には、かつての師匠としての厳しさと、母親としての願いが込められていた。


ホクは少しだけ驚いた後、ゆっくりと頷いた。


「……必ず、強くします」


リゼルは満足そうに微笑んだ。


「ありがとう」






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ケイゴたちが去った後、リゼルは静かに空を見上げた。


燃え落ちた村を背に、彼女は一人、ガルドの墓へと向かう。


ひざまずき、静かに石を撫でる。


「ガルド……」


風が静かに吹く。


「ケイゴは、旅立ちました」


彼の成長を喜びながらも、やはり心の奥では寂しさが込み上げてくる。


「強くなろうとしています。あなたが命をかけて守った子は、今、自分の道を歩き始めました」


リゼルはそっと微笑む。


「私も、もう少しだけ頑張ってみますね」


墓石に手を当て、彼女は静かに祈った。


少年は旅立つ。

全てを守るために――。


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