均衡の力 焔の龍編①
村を旅立ち、俺とホクさんはヴォルカニア帝国を目指して歩いていた。
村の周辺は見慣れた風景だったが、道を進むにつれて草木の種類も変わり、空気もどこか違って感じる。道端には見たことのない色の花が咲き、鳥の鳴き声も俺の知るものとは違った。
「帝国まではあと数日かかるからね。途中で野営もすることになるから、準備はしておいてね」
「野営か……村の外で寝泊まりするのは初めてだな」
「すぐに慣れるさ。帝国に着くまでに、いろいろ覚えてもらうよ」
ホクさんは軽く笑う。俺は緊張と興奮が入り混じる気持ちで頷いた。
日が傾き始めたころ、俺たちは小さな川辺で休憩を取ることにした。水を汲みながら、俺はふと気になっていたことを尋ねる。
「ホクさん、ヴォルカニア帝国ってどんな国なの?」
「そうだね……一言で言えば、"この大陸で最も発展した国"だね。交易も盛んで、他国からも多くの人が訪れる。剣士や魔法使いの養成機関もあり、戦士としての道を極める者も多いよ」
「へぇ……すごいな」
「そして、その中心にいるのがヴォルカニア王カミル陛下だよ」
「カミル王?」
俺はその名を聞いて、ピンとこなかった。
「帝国の現国王であり、大陸最強の剣豪とも呼ばれるひとだ。彼の剣技を見たことあるけど……あれはもう、常人の域を超えているといっていいね」
「大陸最強……!」
俺は想像するだけで興奮した。
「でもね……カミル王は、もう何年も帝国に戻っていないんだよ」
「え? どうして?」
「帝国を取り巻く問題を解決するために、各地を回っているんだ。だから、国政はほぼ王女……アカリ様と宰相が担っている状態だよ」
「アカリ?」
「カミル王の一人娘で、帝国の次期女王である御方だ」
「次期女王か……どんな人なの?」
ホクさんは少しだけ苦笑した。
「そうだね……"カミル王が溺愛している"とだけ言っておくよ」
「えっ……?」
「帝国の誰もが認めるほどの"親バカ"だからな〜。アカリ様に危険が及ばないように、彼女の護衛を何重にもつけたり、彼女の意向を最優先したり……とにかく過保護なんだよ」
「国王がそんな感じで大丈夫なのか?」
「それでも帝国が安定しているのは、カミル王が圧倒的に強いから。彼に逆らう者はいないし、実力を疑う者もいない。それに、アカリ様自身も聡明で、国をしっかり治めている」
「なるほど……」
俺はふと考え込んだ。
(もし俺がもっと強くなったら、カミル王と戦うこともできるのかな……)
そんな考えが頭をよぎったが、今はそれよりも目の前のことに集中しよう
日が暮れ、俺たちは森の中にテントを張ることにした。ホクさんの指示で薪を集め、簡単な食事を取る。
「野営で一番大事なのは、警戒を怠らないこと。こういう場所には、魔物が出ることもあるからね」
「魔物か……村の近くではあまり見たことがないな」
「帝国に近づくほど、人の行き来が多い場所には少なくなるけど、こうした森の中ではまだまだ生息している」
ホクさんがそう言った直後――
ガサ……ッ
どこかで何かが動く音がした。
「ケイゴ、下がれ」
ホクさんが俺をかばうように手を差し伸べすっと剣を抜いた。
暗闇の中、じっと目を凝らすと、茂みの奥で赤く光る目がいくつもこちらを見つめていた。
「……狼?」
「"夜闇の狼"だ。暗闇の中でも獲物を追える目を持つ厄介な魔物なんだ」
ホクさんが前に出る。
「奴らは五匹か」
次の瞬間、魔物が飛びかかってきた。
「グルルル……!」
しかし――
ザシュッ!!
ホクさんの剣が閃いた瞬間、一匹の狼が地面に倒れた。
「は、速い……!」
ホクさんは剣を振り払いながら、冷静に次の狼に向かう。
「ケイゴくん、きみは動かないでくれ。まだ戦い方を教えていないからね」
「くっ……」
俺は歯を食いしばった。俺も戦えるようになりたい。でも、今の俺では……!
ホクさんは迷いなく光をまとった剣を振るい、次々と狼を倒していく。最後の一匹が怯えたように後ずさりし、やがて森の奥へと消えていった。
「終わりだ」
ホクさんは剣を鞘に納め、俺を振り返った。
「これが"実戦"だ。きみもすぐにこのくらいできるようになるよ」
俺は拳を握りしめた。
「……俺も、早く強くなりたい」
「そのために帝国に行くんだろ!」
「……うん!」
俺の中に、さらに強く決意が宿るのを感じた。
数日間の旅を終え、ついに俺たちはヴォルカニア帝国の門へとたどり着いた。
「すげぇ……」
思わず、目を見開いた。
村とは比べものにならないほど高くそびえる城壁。門番の騎士たちが厳しく見張っている。そして、門の向こうには――圧倒的な活気に満ちた都市が広がっていた。
「これが……帝国の街……!」
街の中に足を踏み入れると、村では見たこともないような建物や人々の賑わいに圧倒された。
道の両側には豪華な装飾を施した店が立ち並び、行き交う人々は華やかな服を身にまとっている。商人たちが元気よく商品を売り込み、通りを歩く馬車の車輪が石畳を鳴らす。
「ほら、よそ見してるとぶつかるの」
ホクさんに言われ、慌てて前を向いた。
「でも……すごいな、本当に」
「帝国は経済も発展しているからね。商人だけでなく、職人や芸術家も多い。」
ホクさんが指をさした先には、大きな噴水がある広場があった。
そこでは楽器を奏でる楽団や、剣を使った曲芸を披露する旅芸人たちが観客を魅了していた。
「すげぇ……!」
俺は完全に目を奪われていた。
「さて、そろそろ何か食べようか」
ホクさんに言われ、俺たちは屋台が立ち並ぶ一角へと向かった。
そこには、見たこともないような食べ物がずらりと並んでいた。
「お兄ちゃんたち、焼き鳥はいかが?」
元気な声に振り向くと、小柄な屋台の店主が串に刺さった肉を焼いていた。
「いい匂いだな……ホクさん、食べてもいい?」
「もちろん」
俺は嬉々として焼き鳥を手に取り、一口かじった。
「……おいしい!!」
香ばしいタレが絡んだ肉が口の中で広がる。村では食べたことのない味だった。
「気に入ったみたいだね!」
ホクさんも一本取り、満足そうに頷いた。
その後も、俺たちはふわふわのパンに肉と野菜を挟んだサンドイッチ、甘い果実を使ったデザートなどを次々と食べ歩いた。
「こんなに美味しいもの、村にはなかった……!」
俺は夢中になって食べ続けた。
「これが帝国の食文化の一端ってわけ。ここにいる限り、飯には困らないよ」
「……ここで暮らす人たちは、毎日こんな美味いものを食ってるのか……すごいな」
村とはまるで違う世界。それを肌で実感するほど、俺の胸は高鳴った。
しかし、初めての大都市の喧騒に、俺は次第に疲れていった。
「ホクさん……なんか、思った以上に人が多くて……」
「はは、初めてだと都会の人混みってのは疲れるよね。慣れるしかないかな」
俺は軽く頷いたが、目の前を通る人の流れに圧倒されそうだった。
「とりあえず、騎士団の拠点に向かおう」
「拠点?」
「僕が所属しているフレイムハルト騎士団の拠点だよ。拠点で騎士はいつも稽古をしてるんだ」
「稽古?僕もしたい!」
ホクさんは俺の言葉に笑うとそのまま歩き出していった
俺はホクさんの後を追いながら、人混みをかき分けて進んだ。
街を歩き続けることしばらく。俺たちは大通りを抜け、少し静かな区域に入った。
そこには立派な石造りの屋敷が並び、高級な雰囲気が漂っていた。
「ここが騎士団が稽古している場所?」
「ここは騎士団が稽古しているために使用している屋敷だね!稽古しているとこは入ってもう少しあとにあるよ」
ホクさんは屋敷の前で足を止めると、大きな門を押し開いた。
中に入ると、広々とした庭が広がり、訓練している騎士たちの姿が見えた。中庭の片隅には鍛冶場があり、何人かの鍛冶師が剣を打っていた。
「おい、ホク! 帰ったのか!」
奥から力強い声が響いた。
現れたのは、身長が高く体格のいい男だった。彼は片手に剣を持ちながら、俺たちの方へ歩いてくる。
「アレクか!久しぶり!」
「久しぶりもなにも、お前が思ってたよりも長くいなくてどれだけ大変だったと思ってるんだ?」
「ごめんごめん、事情があったんだよ」
ホクさんが苦笑しながら肩をすくめると、ヴェルナーと呼ばれた男は俺を見た。
「...そっちの坊主は?」
「この子はケイゴくん。僕がさっきまでの任務で向かった村で会った子だ。」
「へぇ……なるほどな」
アレクは腕を組み、じっと俺を観察するように見つめた。
「坊主、強くなりたいのか?」
俺は真っ直ぐに彼の目を見て頷いた。
「はい! 俺は……俺はもっと強くなって、大切な人を守れるようになりたいんです...」
ヴェルナーはしばらく俺の顔を見つめた後、満足そうに頷いた。
「いい目をしてるな。お前ならきっと強くなれる」
「ありがとうございます!」
「まぁ、まだ小さいからな。まずは基本からしっかり学ぶことだ」
アレクはホクさんに目を向けた。
「で、こいつの寝床はどうする?」
「僕の隣の部屋がまだ空いていたはずだ。僕の部屋の隣を使ってもらうよ。しばらくここに住まわせてもらうね」
「そうかわかった。部屋は後で案内するから、まずはゆっくり休め」
俺はホクさんとアレクについていき庭をこえて屋敷の奥へ進んだ。
屋敷の中は広く、廊下を歩くたびに違う部屋が見えてくる。
「おーい、ホク! 帰ってきたのか?」
振り向くと、廊下の奥から一人の男が手を振りながら近づいてきた。
「リュカ、きみもいたのか」
「当たり前だろ。団長から、お前が帰ってくるって聞いてたからな。」
「団長が?」
「おう、俺はお前がどこに行ってたのか知らんが、戻ったらすぐに報告しろってさ」
ホクさんは少しだけ苦笑しながら頷いた。
「まぁ、後で話すよ。この子は俺が任務先から連れてきた子だ。」
リュカは俺を見て、ニヤリと笑った。
「ほぉ~、名前はなんていうんだ?」
リュカという名の人は俺のことを足から頭まで舐め回すような視線でみてきた。
「ケ、ケイゴです。」
「リュカ。ケイゴをいじめてやるな。」
ホクさんがそういうとリュカは俺の事を見るのをやめた
「へいへーい。」
リュカは軽そうに返事をすると俺の肩をポンと叩いた。
「よろしくな。まぁ、ここは意外と楽しいところだから、すぐに馴染めるさ」
「あ、ありがとうございます?」
リュカは笑いながら頷いた。
「ところで俺は今回の任務でお前が死ぬと思ってたんだけどな〜」
なんてリュカは失礼な事を言うんだ。ホクさんはめちゃくちゃ強いのに。
「おい、不謹慎なことを言うな」
「はいはいごめんごめん。」
また軽そうに謝るとこんどこリュカは去っていった
「ケイゴくん、とりあえず部屋に行くよ」
いろんな人たちとの出会いで、自分の新しい生活が始まることを実感した。
「ごめんなケイゴ。リュカも悪いやつじゃないんだ。ただすこしばかなだけなんだゆるしてやってくれ」
「だ、だいじょうぶ。でも騎士団ってまさかあんな人だけじゃないよね?」
「はは、まさかそんなわけないよ!他のやつらはもっと真面目だから安心してね」
ホクさんは笑いながら歩いていたが突如部屋の前で止まった
「よし、ケイゴくん!ここからこの部屋がきみの部屋だ。隣の部屋は僕が使ってるからなにか聞きたいこととかがあったら僕にきいてくれ」
「ありがとうホクさん!」
そんな俺の言葉を聞くとホクさんは扉をあけた。そこには俺が想像していた豪華な部屋はなく、元々俺が住んでいた村の家の部屋よりも質素だった。
「...誰も使ってなかったからベッドとかの必要最低限のものしかないな...」
ホクさんもさすがになにもなさすぎてなにかおもうところがあったようだった
「よし、こんど騎士団の物置小屋にいこう!そこだったらみんなが適当においてった家具とかもあるかもだしね」
「いきたい!物置小屋って剣とかみたいなものも置いてあったりする?」
「あるにはあると思うけど手入れもされてなさそうだしなあ、、ちょっとした服とかならあるかもね」
「騎士の服?きてみたい!!」
「お?きてみたい?なかなかかっこいいでしょ!ケイゴに合うサイズはないかもだけど探してみよう!」
その後もホクさんと俺は数の少ない部屋を一緒に見て回った
「じゃあケイゴくん俺は団長に任務の報告をしなきゃいけないからいくね。もしなにか聞きたいことがあったら庭とか廊下にいる騎士たちに聞いて!またあとでね。」
ホクさんはそういうとそそくさと部屋を出ていった。
ホクさんがいなくなった部屋は静かだった。
少し寂しくなって俺はとりあえずベッドに腰を下ろして天井をみてみた。
「俺はこれからここで生活するのか、、、」
新しい生活への期待感、母さんたちがいない不安感どちらもの気持ちがあって俺の心は波立っていた。
全てが新しくて全てが未知の世界。
俺は高い天井に向かって手を伸ばしていた
ホクは静かに深呼吸をした。
目の前には重厚な木製の扉。帝国の紋章が彫り込まれ、両側には鋳鉄の装飾が施されている。その扉の向こうにいるのはフレイムハルト騎士団の団長だ。
「……さて、行くか」
軽く拳を握りしめ、ホクは扉をノックした。
コン、コン、コン。
「入れ。」
低くも威厳のある声が返ってくる。
ホクはゆっくりと扉を押し開けた。
中へ入ると、目に入ったのはいつも見慣れている広々とした執務机と、いつもよりも忙しそうな顔をした団長だった。机の上には大量の書類が積まれ、その傍らには磨き込まれた長剣が置かれている。
奥の大窓からは帝都の景色が一望でき、夕暮れの陽が差し込んでいた。
「団長ただいま戻りました。」
「おう、ホクかよく無事に戻ってきた。予定よりも遅い帰還だったが...何があった」
団長に事の顛末を説明すると団長は険しい顔になった。
「ケイゴくんを騎士団で預かるというのはだめでしょうか?」
「いや、それはかまわないんだが...」
「お前が任務に向かってすぐにありえないほどの魔力を俺のコレが感じ取ってだな」
団長がそういって指さしたのは彼がいつもつけている指輪だった
「その魔力は一体?」
「お前もしらないか...お前の任務先から感じ取れたからお前ならなにか知ってると思っていたんだが...まあとりあえずお前が帰ってきてくれて何よりだ」
「...そういえば先ほどお伝えしたことの中でケイゴが一人だけ生き残っていたことが怪しいですね、急いでたので特に気にもとめてませんでした。」
「そうか、とりあえずケイゴくんのことは監視とまではいかないが見張っといてくれ」
「分かりました。」
コンコンコン
???「失礼します。団長、先ほどお伝えされたことが終わったのですが...ってホクさんじゃないですか!無事に戻られたようでなによりです。」
「ああイリーナか。ありがとう。そのこととやらは?」
「そこまで大したものでもないからホクは気にしないでくれ。とりあえずホクのことを呼んだのはさっきのことを話したかったからだ。もういっていいぞ。」
「分かりました。僕は稽古してる奴らに挨拶してきますね。」
「ああ、そうしてくれ。あいつらもお前のことを心配してたからな。」