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短編【アクトプログラム】小説


何からお話しましょうか。

遺産相続に揉めた私の兄弟たちが次々と死んでしまった話がいいですか?
敵対する家の少女を愛してしまって駆け落ちをしようとした話がいいですか?
それとも、過去の思い出にすがって最後は自らの命を絶ったセールスマンの話がいい?

もちろん全て私が実際に経験した話ですよ。

え?それは二流の役者の、いや、二流以下の役者の事でしょう。少なくとも私は自分が演じた芝居は実際に経験した本当の事だと認識しているんですよ。

あ、芝居って言っちゃった。芝居じゃないですよ。本当に経験した事なんですよ。上手いですね、誘導尋問が。さすがプロのインタビュアーだ。

私はね、芝居をした事なんて一度もないんですよ。役を入れる?そうじゃない。そうじゃないよ。何もわかってない、アンタは何もわかっていない。

役を入れるとか役になりきるとか役作りをするとか、そういうのは二流以下の役者がする事で私みたいな一流の役者の芝居は。

あ、また芝居と言ってしまった。芝居じゃない。芝居じゃないんだよ。事実なんだよ。私が演じているのは全て本当の事なんだ。

ん?演じてる?そんな事は言ってはいない。演じてるなんて言ってはいない。

もちろん台詞は全部覚えているよ。それは私の得意とすることだ。与えられた台詞の中で、制限された台詞の中で私は芝居を……舞台を生きているんだ。

今のはセーフ。芝居なんて言ってはいない。舞台を生きているんだよ。私ら役者は、いや、少なくとも、この私は舞台を生きている。

君たちはどうだい?舞台に立っていない君たちの方こそ、むしろ芝居をしながら生きているんじゃないのか。

たとえば君は、私の前ではインタビュアーの芝居をしているんじゃないのかね。恋人がいるのかどうかは知らないが、居たとするなら彼女の前では愛している芝居をしているんじゃないのか?まあ、彼女とは限らないけどね。

君がフリーのライターなのか何処かの雑誌社に雇われているのかは知らないが、クライアントやあるいは上司に対して、へりくだる芝居をする事もあるだろう。そして悲しい事に一人になったとしても。

仕事に疲れて誰も居ない部屋に一人帰ったとしても。悲しい事に一人の自分を演じている。

君たち人間は生まれた瞬間から何かを演じる呪縛から逃れることは出来ないんだよ。

なのに台詞を間違える。同じ芝居をしても日によって出来が変わる。それが私には信じられない。
なぜ、昨日と同じ動きが出来ない?なぜ、一昨日と同じように台詞が言えない?

それは舞台を生きていないからと言わざるを得ないね。

私に言われせれば君たち人間は役者には向いていない。台詞を覚えるだけで何ヶ月もかける。所作をひとつひとつこなす事に何ヶ月もかける。

私は違う。

全てを一瞬で理解できる。

君たち人間は私のような機械モノに芸術は理解できないと言っていたが、はっきり言って臍で茶を沸かすようなもんだ。

君たち人間には出来ないでしょう?臍で茶を沸かすなんて。私は出来ますよ。簡単にね。臍の温度を八十度くらいに上げてね。お茶が一番おいしく飲める温度は八十度だからね。

少し喋りすぎたな。ちょっとだけ電源を切らせてくれ。

それじぁあ、おやすみ。

⇩⇩別の視点の物語⇩⇩

魂のない奴に

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