短編【薪を焚べるように】小説
私には双子の姉がいた。
その姉が死んだ。
二年前に一度、双子の姉が死んでしまったような気持ちになって目が覚めた事がある。
そして今朝、目が覚めて改めて、そう思った。
夢を見たというわけではないけれど、そう思ったのだ。
久々にあの時の気持ちが甦った。
双子の姉と言っても三歳のころに生き別れたままなので、ほとんど他人だ。
姉がどこにいて、どんな人生を歩んできたのか全くわからない。
だから、本当に死んでしまったのか確認の取りようがないのだけれど、私には分かる。
それが双子というものなのかもしれない。
そんなわけで朝から憂鬱だった。
ほとんど他人同然の姉の死なので、とくに悲しいという気持ちはない。
だけど、魂の半分が消えてしまったような、そんな気持ちに久しぶりになってしまった。
「ねえ、なんか嫌な事でも有った?杏里」
「え」
「なんか、元気ないから」
「あーーー…。バイト先で嫌な奴がいて」
私の悪友の一人、仲村渠芽美は私の精神状態の微細な変化を見抜いた。
芽美は気配り上手で共感力も強い。
他人の悲しい話に自分ごとのように本気で泣ける女だ。
双子の姉が死んだような気がして。
なんて、確証のない曖昧な理由では芽美が困ってしまうのは目に見えているので、私は代わりにバイト先のムカつく同僚の話しをした。
山下利秀という顔を思い出しただけで腹の立つ男の話を。
「なにそいつ!マジムカつく!て言うか、キモい!」
共感力が半端なく強い芽美は予想以上に感情を移入してくる。
南国生まれなので普段は大らかだけど一旦怒ると火力が強い。
落ち込んでいる人を手っ取り早く立ち直らせるのは怒らせることだ。
と何かの本で読んだことがある。
いや、テレビ番組だったか。
どこから得た知識なのかは忘れたけれど本当なのかもしれない。
私は落ち込んでいる芽美を食事に誘った。
今日がそのランチの日だった。
芽美は昔付き合っていた男と数年ぶりに再会して、正式に別れを告げられた。
それには私にも原因の一端がある。
私は二ヶ月前に合コンに行った。
そこに居たのだ。その男が。
その後、私のお節介が二人を合わせてしまい、正式な別れという結末に至った。
その顛末は『思い出はゴミ箱に』で語られるとして、とにかく私は、そういう訳で芽美を励まそうと食事に誘ったのだ。
私の行きつけの店【かふぇ ラサスヴァティー】に。
行きつけと言っても最近見つけたインド料理メインのカフェで、とにかくランチメニューが豊富。
これから私の行きつけになる店だ。
「え?あそこ」
「うん、そうだけど」
店の五十メートルほど手前で【かふぇ ラサスヴァティー】の袖看板を見た芽美は露骨に顔を曇らせた。
「え?どした?」
「あそこ、昔よく行ってて」
「あ、そうなの」
「シンジと…」
「……あー…。そうなの」
「よくデートで。別れ話もそこで」
「………あーー…そうなのぉ……」
マジかあ!
やってしまった!
さっきまで二人で山下利秀の文句を楽しく言い合っていたのに、芽美は完全に意思消沈している。
「やめよやめよ。あそこは無し無し!」
「え、いいよ」
「よくない、よくない、このまま真っ直ぐ行って駅前に出よう」
私たちは【かふぇ ラサスヴァティー】のガラス張りの入り口を通り過ぎた。
そして、そのまま駅前に出て、中華なのかフレンチなのかイタリアンなのか良く分からないチェーン店に入った。
そこで私は山下利秀にまつわるムカつく話を大量投下した。
山下利秀を一本づつ焚べていく。
そのたびに芽美の怒りの炎が燃え上がってゆく。
落ち込んでいる人を手っ取り早く立ち直らせるには怒らせるのが一番。
たまには役に立つじゃないか、山下利秀
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