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短編【それきり】小説
母ちゃんごめん。
今更もう遅いか。
俺は取り返しのつかない事をしてしまった。
だんだんと近づいてくる。
この子は本当は根の優しい子なんです。
俺が問題を起こす度にそう言っていた母ちゃん。
何度も万引きした俺のために何度も何度も頭を下げた母ちゃん。
ガキの頃、母ちゃんが働いていた弁当屋から割烹着と長靴姿で授業参観に駆けつけた時、俺は母ちゃんの事をみっともないと思った。
友達の母ちゃんは綺麗な服を着て綺麗な化粧をしているのに。
俺は、母ちゃんの事を惨めに思っていた。
この子は本当は根の優しい子なんです。
そんな事はもう言わんでくれ母ちゃん。
俺はどうしようもない男だ。
中学を出てまともに働くでもなく、いつしか悪い仲間とつるんでヤクザな道に足を踏み入れた。
何度も警察沙汰を起こしても母ちゃんだけは俺を庇ってくれた。
親父が居ない事に引け目を感じていた母ちゃん。
学が無い事に引け目を感じていた母ちゃん。
貧乏に引き目を感じていた母ちゃん。
お前が悪いんじゃないみんな母ちゃんが悪いんだからお前は悪くないお前は何も悪くない。
もう、そんな事は言わんでくれ。
ああ、母ちゃん。
俺は取り返しのつかない事をしてしまった。
だんだんと近づいてくる。
今更だけど。
今更だけど。
俺は母ちゃんに言っておきたい事があったんだ。
言っておきたい事があったのにもう遅い。
もう遅いんだ。
だんだんと近づいてきた。
俺は取り返しのつかない事をしてしまったよ母ちゃん。
死ぬ時に人は自分の人生を走馬灯の様に思い出す。
そう言うけれど、俺は母ちゃんの事しか思い出さんよ。
母ちゃん。
だんだんと近づいてきた!
母ちゃん!
ああ!母ちゃん!
助けてくれ母ちゃん!
母ちゃんに。
俺は母ちゃんに一言、言いたい事があったのに!
母ちゃん、あ…。
だんだんと近づいてきた地面に頭が当たり、ぐしゃりと云う音を聞いて。
俺はそれきり。