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今日な何の日、気になる日 3月8日はエスカレーターの日です

エスカレーターの歴史

   世界編、1892年、ジョージ・H・ウイラーが動力で動くハンドレール(移動手すり)を考え出し、また同じ年にジェン・W・レノが「傾斜形エスカレーター」の特許を取得しています。しかし、これらのエスカレーターは安全とは言い難く、現在の原型とも言える、ステップ状のものが付いたエスカレーターが誕生したのは 1900年のことでした。

   この1900年に開発されたエスカレーターは、ニューヨーク市の高架駅にとりつけられたのですが、高架駅が取り払われる1955年まで活躍をしました。

   日本では、1914(大正3)年、東京・上野の大正博覧会の会場に日本初のエスカレーターが設置され、この日運転試験が行われました。

 第1会場と第2会場をつなぐもので、秒速約30センチで動きました。

 ですが、1923年、関東大震災によって焼失をしてしまいました。

   エスカレーターが市民権を得たのは遅く、1900年になって、日本では「エスカレーター」が商標として登録されています。その為、商標登録が切れる1950年に、ようやくエスカレーターは一般名称として定着しました。以外にも、市民権を得たのは意外にも最近なんですね。

ちなみにエレベーターの方がエスカレータより歴史が長いです。

 

 

エスカレーターの思い出

   今では、エスカレーターを利用するのにコツは必要ありませんが、私は幼少の頃はちょっとしたコツがいりました、3枚水平ステップという方式ではなく、いきなりせり上がり、収納されましたから、階段を1段飛び上がり、飛び降りる感じでした。ですから、幼少の子供はその飛び上がるタイミングで母親から何らかしかの合図をしてももらっていました(これは、不器用な私だけかもしれませんが)。

   3枚水平ステップと言うユニバーサルデザインを採用しているおり、エスカレーターを乗り降りする時のコツは必要なくなりました。

   また、新宿西口に動く歩道(水平移動用のエスカレーター)が出来た時は良く利用しました。これを利用している時は短編やオムニパス構成の小説を読んでいました。満員電車に込んだ駅舎内を通り抜けて読む本は一服の清涼剤でした。

 

 

  人が不完全であるがゆえに機械も不完全な部分を持っていて当然なのです。

 そのために保守点検作業が必要です。身近なのは車、当然、エスカレーターにも保守点検が欠かせません。

 当たり前に動いているのが当然と思っているモノほど、見えない時間帯の深夜帯に人が動き、保守点検や工事の作業をしているのです。

 ガス・電気・上水道・下水道が止まるなんて皆さん考えも及ばないでしょうが、止めないようにするために大変な知恵と労力がそこには注がれているのです(ちなみに漏水の発見作業は深夜人の往来がなくなってから明け方にかけ行われている。多くの人は見かけない時間帯だ。商業施設のエレベーター、エスカレーターは閉店後、警備員の館内巡回終了後、冷暖房を切った夜間に行われるので、夏は暑く、冬は寒い、しかも、時間が限られているからトイレ休憩もなし)。この世に当たり前の事なんて一つもありません。

 なのに、『お客様は神さま』と言うだろうという暴言を吐くクレーマーいますが、そんな事いうあなたこそ、一番の害悪であり、礼節の国である日本の恥さらしであり、原状回復作業の邪魔です。

 ちなみに、『お客さは神さです』の真意は、演歌歌手の三波春夫さんが、歌う時に、「神前で祈るときのように、雑念を払い、真っ新(さら)な心にならなければ完璧な藝(芸)を披露することはできない」とする心構えを語ったことが元とされています。

 自分が最も優先され、かつ、優待される存在と思い込んでいるのは“人に譲る”と言う気持ちを持ち合わせない器の小さな人間の証拠の1つであると私は思います。

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