【小説】リモート授業
「しばらくの間、みんなには自宅で勉強をしてもらうことになったからな。連絡事項はプリントにも書いてあるが、次の登校日は来週の水曜日。プリントはご両親にも必ず見せて、連絡漏れがないように」
担任の角田先生はそう言って、いつもの厳めしい顔をさらに厳しくしてそう言った。
角田先生は顔は怖いけど、割と冗談も言う、いつもスベるけど。顔ほど厳しい先生じゃない。その角田先生が見たことのないほど怖い顔をしているのは、やっぱり危ないんだろう。
説明が終わって、先生が教室から居なくなると、とたんに教室の中は騒がしくなる。
「マジかよ。休みだぜ。なあ、カラオケ行かね?」
「でも家から出るなって言ってたろ」
「明日からだろ。今日は遊ぼうぜ」
病気が流行ってるから家から出るな、学校も休みだと言われたのに、遊ぶことを考えているヤツもいるのはなんでだ。
ニュースでも大勢死んでるって書かれていたのに。
「渋谷はどうする?」
「俺は帰るよ。病気になったらヤバいし」
そう言って、友達の誘いを断る。
本心はちょっと違う。友達に付き合うよりは、ゲームを遊びたい。
自宅学習なら、夏休みのように、遊ぶ時間も多そうだ。昼間なら父さんも母さんも居ないし、FPSで遊んでいても怒られない。
病気になるわけないじゃんという友人を振り切って、その日は家に帰った。
翌週の水曜日。登校日に学校に行った。
校門にマスク姿の先生が立っていて、なんか物々しい。
そのせいか、教室に入ってからもなにか落ち着かない。それに静かだ。
もう時間なのに、教室には半分くらいしか生徒が居ない。
「朝の挨拶を。あー、日直が居ないから、福田、号令」
「きりーつ、れいー、ちゃくせきー」
「あー、今日は居ない生徒が多いが、全員、自宅待機しているだけだ。今のところ。病気になったわけじゃないから、心配しないように」
角田先生の顔は先週見た怖い顔のままだ。いつも懲りずに言ってくるスベるギャグも言わずに、淡々と説明をしている。
「ニュースでもやってるが、感染者がこの県でも増えてきてる。くれぐれも、出歩くのを控えて、自宅にいるように」
他の生徒も何も言わない。
言いたいことは無いわけでもないだろうが。角田先生の顔は怖い。普段なら先生のことを影で「般若」とか「にゃっ君」とか「ぐーぐー」なんて言ってる生徒も何も言わない。誰も茶化さない。
プリントが配られる。
学校に来ない人達の話は、それ以上、ない。
ニュースでは、何人が感染したとか、何人が死んだとか、そんなことばかりやっている。
自宅待機なんて言われても信じられるわけがない。だって、毎日、ニュースでは何人が感染していました、何人が死にましたって言うじゃないか、それなのに、誰が、どこの誰が死んだのかは何も言わない。
名前の見えない感染者。
それがクラスメイトじゃないって、誰が保障してくれるわけでもない。
だからこそ、居ない友達のことがとても恐ろしく感じた。
あれから2週間。やっと登校日に、生徒が全員揃った。
学校全体では、まだ学校に来れないもいるみたいだけど、うちの教室は全員が揃った。
別に仲が良いわけじゃないけど、無事だっただけで何か安心する。
本人達によると、自宅学習が決まった日に、遊びに出掛けたのが見つかったのだとか。それで潜伏期間の2週間は学校に来るのを禁止されたのだと言う。
クラスの皆が揃ったからか、角田先生の顔はやっと綻んできた。今も普通に怖い顔だけど、先週までのような本当に怖い顔じゃない。
「よーしプリント配るぞー。これは、必ずご両親に見せて記入してもらうように、それを次の登校日に持ってきてもらうからな」
一斉に「えー」という声が上がる。「来週なんて忘れちゃうよ」「マジでー」「自分で書いちゃダメ?」という声を聞き流して配られたプリントを見る。
そこにはリモート授業用の端末貸し出しについて書いてあった。
「せんせー、リモート授業ってなんすか」
「ちょっと待て、全員に配り終わってからだ。……後ろまで回ったか? もらってない人はいないな?」
少しの間、先生は生徒が誰も反応しないのを見届ける。そして話を始めた。
それは、今までプリントを配布して宿題のような形で自宅学習をしていたのを、インターネットを使ったリモート授業に切り替えるということだった。
リモート授業に使う端末は学校からの貸し出し、自宅にWi-Fiがある生徒はそれを使う、ない生徒はWi-Fiルーターも貸し出す。ただし、貸し出した機材を壊したら弁償。
そんな感じの確認と、同意のサインを書くように、というプリントだった。
「えー、先生、YouTuberやんの?」
「マジで?」
「先生の顔でYouTuberとかウケる」
「うるさいぞお前ら。YouTubeじゃないぞ、リモート授業は違うアプリを使うからな」
「でも角田先生が配信するんでしょ」
「顔のアップはやめて~」
「お前らなー。ほら静かにしろ、説明続けるぞ」
その後も説明は続いた。
専用アプリがどういうものか。生徒それぞれにアカウントがあって、サボれば分かるとか、質問も出来るとか、そんな話だった。
「お前ら、目に物見せてやるからな。覚悟しておけよ」
角田先生は最後にそう言った。どこの悪者だ。
それとも、あれは久々のギャグのつもりなんだろうか。角田先生のギャグはいつもスベってばかりだ。
翌週の登校日は、端末を受け取って、使い方の説明だけで終わった。
これからはリモート授業になるので、宿題のプリントはないらしい。
新しい端末はちょっと楽しみだ。勝手にインストール出来ないように制限が掛かってると言われたけど、ブラウザは入ってたからYouTubeを見るくらいは出来る。うまく行けばVTuberのやってる配信に入ってFPSで対戦出来るかもしれない。
その日は丁度いい配信がなくて、翌日の授業の時間になった。
時間よりも少しだけ早く、リモート授業用のアプリを立ち上げてログインする。
画面の中央には2年C組の文字。自分のクラスだ。そして右隅のほうでは続々と友達の名前が灰色から白に変わっていく。
昨日の説明の時は、代表で何人かがログインするのを見てるだけだった。この名前が白くなるとログイン済みらしい。灰色のままの人がいたら欠席だ。
初日、一回目の授業。質問がある人は「発言ボタン」をタップすれば、先生のほうで音声をONにしてくれると言われた。それ以外はずっと先生の声しか聞こえないらしい。
時間になる。生徒全員の名前が白く表示される中、最後に角田先生の名前が白くなり、画面上に美少女キャラが現れる。
「は?」
Vtuberで良く見かける二次元キャラのアバター。
フリルだらけのドレスを着て、頭の上にはウサミミが乗っている。
「おはよー、角田せんせいだよー」
ウサミミ美少女が手を振り、声だけは男性の、角田先生の声が聞こえる。
「馬鹿じゃない?」
角田先生のギャグはいつもスベるんだ。
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