おおのとは最悪な出会い
最初の印象は「最悪」だった。
僕らの大学の学部にはかつて5月に開催される「春祭」という催しがあった。
「40分間、舞台を借りたから何かやって欲しい」
大学に入学したてほやほやの僕ら1年生がほぼ100%受けている授業の最後に一つ上の先輩の有志がその春祭の有志活動の参加者を募った。
まあ、なんというか大学生っぽい感じである。
所属する学科自体が大きなサークルみたいな感覚で、新入生歓迎会も盛大に行われる。
「大学は友達作ってなんぼ」という人が多く、有志にはそれまでの毎年、半数以上の学科生が参加する。無論、僕も参加した。
40分間を埋める企画、それに必要なモノ、お金(の一部)、時間のために、大学に入った最初の約二ヶ月は費やされた。あのたった二ヶ月くらいで大学時代の青春をほとんどやり終えた気がする。体感的には。
いわば、文化祭を5月にやりますよ。という感じである。文化祭は文化祭で11月にやるのだが。ほとんど初対面の人がいる中、初めての共作体験である。
企画は何組かの班に分かれ、会議、プレゼンをして決定した。通った企画は「新喜劇」だった。
新喜劇。今考えたらサブイボが勃ってしょうがないのだが、あの時の僕らは真剣に情熱を注いでいた。
大道具、小道具、演者、そして台本を書く企画。
おおのは企画班の長。つまり、暗にこの春祭の1年生の総長みたいなポジションだった。
そして、僕は「おもしろそー」というだけで演者になった。
台本ができるまでの間、関西弁の練習をした。全員下手くそだった。
「ゼロ距離パンチを最近覚えたんだ。ちょっとやってもいい?」
春祭の準備が始動して少ししたある日、今よりも痩せていた大野が僕に言った初めてのセンテンスがこれだ。
お腹に拳を当てられ、「ゼロ距離パンチ」をする体制に入っている。
「何言ってんのこの人?」
僕は一歩さがり、笑って誤魔化しその場をさった。
その当時は名前は知っていたし、あんまりいい噂が立ってなかった。
「入学早々、同期と付き合いだした(事実)」とか「でも二週間で分かれた(事実)」。
別れたのは初対面の後だったけど。
とにかく絵に描いたような大学生。僕からしたらヤバいやつという認識だった。案の定ヤバいやつだったんだけど。
それが彼との出会いである。
あの時、僕は「今後この人とは関わることのない人だな」と瞬時に察した。
僕は高校までスクールカースト的には下位層だった。多分彼は上位層で、ブイブイいわしている、そんな輩。交わりたくない。ムリ。そう思っていた。
彼の悪名は春祭が終幕した後も結構長く続いた。「後期から始まる専攻、彼がいるから違うのにしようかな」と言っている奴すらいるという噂を聞いたこともある。
そして、いまだに彼を怖い奴だと勘違いしている人が多い。
以前、大学でおおのと二人で歩いていると、同級生とすれ違った。その時二人で並んでいたのにその同級生は僕だけを名指しして手を振った。すれ違った後、彼は「俺もいるのにな」とかなり気にしていた。
結構、彼は弱いのである。去勢を張って春祭期間を過ごしていたから、後にこうなっているのである。
僕は彼と同じ専攻だった。
周囲からは心配された。まあ、それはここには書いていない別件でだが。
でも、僕はその専攻のために大学に入ったので、そんなことで諦められない。
専攻の授業は少人数で行われるため、それなりに仲良くしなければならない。
一年生のうちは多分。ウワベだけ仲が良かった。つまり本質的には仲が悪かった。
周囲に心配されないようにお互いに仲良く繕っていた。
2年生になってしばらくした頃である。
専攻授業の課題で「企画」を考えてくる課題が出された。
僕もおおのも自分の面白いとおもうものをそこにぶつけたが、専攻の教授からは「おもしろくない」と一蹴された。
その日、家に帰り、食事を済ませ、風呂に入り、夜十一時。部屋でロンハーの録画を見ていた。
番組内容に笑いながらも、教授の「おもしろくない」が頭の中で反芻していた。
無言で録画の再生を止める。
…ああああああ! 悔しい!
ベッドに頭を叩きつけ、右手でLINEの画面を立ち上げる。
どうしてそんな風に言わなければならんのだ! 必死に考えたのに!
誰かと、この悔しさについて愚痴らなければ、眠れなくなる。
その時、なんの蟠りもなく、おおのにLINEした。
「え、悔しくね?」
既読はすぐに着いた。「悔しい」と一言返ってきた。
それからしばらくやり取りをして、次の日一緒にお昼ご飯を食べた。
それを機に仲良くなったのである。
共通の敵(教授)ができて初めて彼と通じ合えたような気がした。
こういうときだからを初めて1年と少し。
随分彼のことは分かった。好きなものも嫌いなものも、なんとなく共有してきた。
仲が悪かったのに、コロナ禍になってからほぼ毎日LINEしていた。
それくらいの仲である。なおさんのことを書くよりも分量が多いわけである。多分書いていないことで、彼と僕との歴史に欠かせないことを書いたらもっと長くなりそうである。でも、書かないのは僕と彼以外の誰かも心を痛めるかの性があるからである。
彼のことを好きかと聞かれると正直、首をかしげる。仲が良いのは頷ける。
でも嫌いかと言われると自信を持って首を振る。
何かを分かってもらえる人だし、違うところは違うとはっきりわかる人だ。
僕の人生にはあまりいない稀有な存在。
今まで蟠った人とは蟠ったままにしてきたが、そうしていないのは、なんとなく互いに歩み寄ったからだ。自分のため、周囲の人のため。多分、これからも変わらない間隔のままで過ごしてく。
不思議な縁だ。と感じながら、YouTubeで「ゼロ距離パンチ やり方」と調べてみる。
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