「今、もしもバッタリ君に逢えたら、何と言えばイイのかな?」
登場人物
ボク * 彼女・るる * バス停係員の女性
おもむろに彼女の名前をInstagramで検索する。
新しい姓の後に、カッコ書き。
純白のドレス姿に身を包んだ彼女は、ボクが知っている一番の泣き笑顔をしている。
ボクはその泣き笑顔の意味を知っている。
窓から差し込む朝日が眩しい。
松山駅到着を知らせる車内アナウンスを耳にしながら、手元の携帯に手早く打ち込んだ。
「もうすぐ着くよ」
約10時間を過ごした夜行バスを降りる。
人生初の四国はやけに大きく感じて、圧倒される。
握り締めた携帯のバイブで右手に振動が走る。
「ウチも今着いたけん。どこにおる?」
付き合い始めて、4年。
ボクらはお互いのことを知れど、会ったことは1度もない。
「実際に会ってみて合わなかったら、どうしよう…」
嬉しさ半分、心配半分。
彼女から来るメールに書かれたヒントを頼りに進むと、そこに彼女は居た。
「見つけた」
高2の夏。
当時流行っていたバンド雑誌の文通コーナーで、ボクは彼女を見つけた。
「16歳女子校生。好きな音楽を語り合える友達募集してます。
お手紙お待ちしてます!」
と簡単なメッセージと共に、好きなバンド名がいくつか記されていた。
他にも似たような文面の中で、
理由もなく惹かれたボクは、興味本位で簡単な手紙を出した。
正直文通なんてした事なかったし、帰ってこないだろうと思っていた。
その1週間後、ボクらの文通が始まった。
自己紹介に始まり、好きな音楽、プライベートなこと、話題は様々だった。
文通を何通重ねたところで返事が待ちきれないという理由で、
文通は携帯メールになった。
そこからはあっという間だった。
文通がメールになり、メールが電話になった。
携帯越しに聞こえる「もしもし」の声が好きだった。
毎日、何を話していたかは定かじゃない。
だけど、夜中までどんなことでも話していても楽しかったんだ。
彼女の声が耳に馴染んだ頃、ボクは思い切って告白した。
「実は好きでした」
「嬉しい。ウチも」
たぶんどっちが切り出しても答えは変わらなかったと思う。
二人の関係性が日を跨ぐ事に進展していく。
付き合っているのに、会ったことがない。普段の彼女を知らない。
周囲は、その関係に怪訝な顔をしたけど、
そんなのどうでも良かった。
「会いたい」
ある夜、彼女が弱々しく呟いた。
「分かった。すぐ行く」
咄嗟の反応だった。
その後は何が何だか覚えていない。
ただ、今目の前には彼女が居る。
「るる?」
彼女は照れ臭そうに頷く。
「おまたせ」
「うん」
“最初のデート”の幕が開いた。
初めて並んで歩くことが嬉しくって、二人の顔は緩みっぱなし。
観たい映画を観て、カップルで溢れた雑貨屋を巡って、
向かい合わせで食事するデートらしいデート。
るるも僕も何度もお互いを確認しあって、幸せを噛み締める。
だけど…
だからといって、楽しい時間はいつまでも続かない。
帰りの夜行バスの時間が刻々と近づく。
それにつれて、空気もだんだん重くなり、会話も減り始めた。
気づけば、駅に戻って来ていた。
バス停の見える位置に肩を並べて腰を下ろす。
「言い残したことはないか」
「やり残したことはないか」
数え始めたら、キリがない。
「19:30発名古屋行きバスにご乗車のお客様、受付を開始致します」
バス停で歳も変わらない係員が声を上げる。
反射的に立ち上がるボクと、悲しげに見上げる彼女。
「ごめん」
咄嗟に謝るボクの言葉に、彼女は
「仕方ないよ」
と、涙を浮かべる。
このままるるをここに残して行くことを考えると、その場から動くことはできなかった。
そんなボクらを引き裂くように、バスが到着する。
続々と乗り込んで行く乗客達。
一頻り乗り込んだところで係員が近づいてくる。
「バスご乗車のお客様ですか?」
「はい」
「チケット拝見致します」
「またね?」
「…うん」
係員にチケットを見せて、バスに乗り込む。
車内で点呼を始めた係員は彼女を見たまま、窓にへばりつくボクの横で足を止めた。
係員がふぅと息をつく。
「あれぇ?全然違う乗客リスト持って来ちゃった。すいません運転手さん、少し待っててください」
わざとらしく声を上げた係員はドタバタとバスを降りて、どこかへ行ってしまった。
ボクはそれに続くようにバスを降り、るるのもとへ走る。
「ごめん…やっと会えたのに、最後まで素直になれなくて…」
「俺も…」
気づけば、二人とも大粒の涙を流している。
「そういえばさ、手繋いでなかったね」
「今度、たくさん繋ご?」
「うん」
「その時、いっぱいぎゅーってして?」
「うん」
ボクらはあえて手は握らず、お互い服の裾を掴んで、約束を交わした。
「名古屋行き、出発致します」
見送る係員といつまでも手を振る彼女。
ボクたちはいつまでもお互いの姿を目に焼き付けていた。
その後約束を果たす為、ボクらは何度かだけお互いの場所を行き来して、
別れた。
・・・
何年かぶりに松山に降り立った。
でも、もう彼女はそこには居ない。
スマホのディスプレイで泣き笑う彼女は、あの頃よりは少し大人びていて、
後悔するほど綺麗だ。
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