夢の中で親の愛を知る。僕は人間だった。
先日、親の愛を唐突に理解する瞬間に出会いました。
それも夢の中で、笑
今日は、その話を書いていきたいと思います。
※このブログは、『人間ではない人間』なるものの存在について書いています。以下の記事に、『人間ではない人間』について詳しく書いてますので、まだお読みになっていない方は、良ければそちらからご覧ください。
親の愛を唐突に理解した夢の話
詳細は全然覚えていないのですが、先日、とある夢を見たんですね。
それは、子どもが死んでしまう(ないし、再起不能になってしまう)という夢でした。
(ちなみに、今回授かった子ではなくて、また別の子)
そして、強い悲しみと涙と一緒に目を覚ましました。
「なんだ、夢か。。。」とほっとしたのもあるのですが、その悲しみは、自分がこれまでに味わったことのないレベルの強烈さだったんですね。
感情の波に飲まれた経験がない
長らく人間でなかった自分は、『自己の感情を自分から切り離す術』をばっちり身に付けていました。
「悲しくて悲しくて何も手がつかない」とか
「涙があふれて止まらない」とか
そんな風に、コントロールしきれない感情の波に飲まれたことがなかったんですね。
なので、感情的な要因が理由で日常生活が送れなくなる、という経験をしたことがありませんでした。
ただ、今回の夢の中で「どうしようもない悲しみの感情」に飲まれた自分がいました。
この悲しみは、日常生活に支障をきたすほどの大きなものだったんですね。
これほどの強い感情はとても新鮮な感覚でした(リアルな世界で同じ経験はしたくないけど)。
そして、これほどの情動を引き起こすつながりが親の愛なんだなと目覚めながらに実感したんですね。
1週間で終わった反抗期
みなさんは反抗期ってありましたか???
僕は身に覚えがなく、まあそういうものなのかなと思ってました。
ただ、今回出産にあたって僕の実家にお世話になって、久方ぶりに長い期間、親と暮らすことになりました。
そして、改めて親と接してみると、「考え方が合わない、理解しきれない」とわだかまりを感じる機会が多かったんですね。
明らかな反抗を示すわけではないのですが、「あっ、これが反抗期か」と齢30にして、反抗期なるものを理解したのでした。
ただ、夢の中で親の愛を知り、「私はこの人から同様の愛を受けて育ってきたんだな~」と理解することが出来たんですね。
「相変わらず理解しきれないけれど、それでもまあいいか」という境地に至り、僕の反抗期はわずか1週間で終わりました。
僕は人間だった
「すごくショックなことがあっても、次の日からいつも通りの生活が出来てしまう」
こんな風に、一般的な人であれば、感情に飲まれる場面でも、自分は全く飲まれずに日常生活が送れてしまう。
この自分の態度に、化け物のようなおぞましさを感じていました。
でも、今回感じた悲しみは、人間の感情そのものでした。
僕は人間でした。
そのことを分からせてくれた、息子に感謝します。
子どもにまつわることだと、また同じように大きな情動が発火しそうな気がします。
大切に思い過ぎて、子どもに対して理不尽に怒ってしまうかもしれない。
子どものためと言って、モンスターペアレントになってしまうかもしれない。
息子がいることで、非合理的な反応をしてしまうほどの強い感情に出会うことが増えていきそうです、笑
でも、制御しきれないほど感情を抱くのも、人間らしさである。
私の息子はこれからも私に「人間らしさ」を教えてくれるのかもしれないです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。