「守護聖エルセデスは、今日も華麗に野望の一歩を踏みしめる」第1話
第1話 獣の島 【序】
・王冠を戴き錫杖を持った一人の女性を中心に十三人の騎士が跪くイメージ図。
N「守護聖」
N「アポロウーサ聖王国の象徴たる聖王女を守護する十三人の騎士の名」
N「各々が他とは一線を画す一騎当千の精鋭であり、聖王女を守る直属の配下でありながら、最高位の権力を有し国の運営にも関わる最高機関としての側面を持つ」
N「聖王国の秩序と平穏は彼らによって保たれていると言っても過言ではなく、民草はそんな彼らを称え、敬い、慕い、国とその御旗を守護する者達は、いつしか聖王国のもう一つの象徴となった」
・海上、船の上。
頬杖を突きながら甲板から海を眺める女性エルセデス。
銀髪に蒼い瞳、貴族風の装飾煌びやかな礼服と白いマントを纏った見目麗しい恰好。
エルセデス「はぁ~、めんどくさ、なんで私がこんな辺境の離島に行かなきゃなんないのよ。ねえオズワルト聞いてる? アンタに愚痴ってるんだけど」
周りは誰もおらずエルセデス一人。そんな中、どこからか男性の声がする。
オズワルト「なんだオレに言ってたのか。元々おかしな女だったが、空気に向かって喋りだす程イカれたのかと心配したぞ」
エルセデス「おい! ご主人様に向かってなんて口聞いてんのよ」
オズワルト「素行不良で有名な騎士様に合わせているのさ。出来る従者なんでね」
口の減らない従者に少し苛ついた様子のエルセデス。自分の足元にある影に向かって踵をグリグリと擦り付ける。
エルセデス「ほんっと減らず口! 私の影に引き籠もってるくせにぃ」
エルセデスはポンと閃いたように納得する。
エルセデス「ん? あぁそういう事ね。天下の守護聖様のお膝元ならぬ足元、聖王国の人間なら憤死レベルの名誉ですもの。流石の引き籠もりでも興奮は隠せないか。そ・れ・に、私の美脚を間近で拝めるんだから、陰気なアンタでも興奮して流暢になっちゃうかー。いいの、いいのよー」
えらく上機嫌になったエルセデスは、オホホとテンプレの様な笑いを声をあげる。
オズワルト「美脚とやらに興味は無いが、いつでも足元をすくえるポジションに陣取っているというのは流石のオレも気分が高揚するものだ。そう言う意味では此処は最高の特等席というのは否定しない。なぁ、天下の守護聖様」
一本取られたエルセデスはムキーとわかりやすく怒り足元の影の上で地団太を踏む。
オズワルト「そんなことよりも着いたようだ」
気付けば離島にある港は目と鼻の先。
エルセデス「後で覚えてなさい」
オズワルト「そっちこそちゃんと覚えているのか? 今回の目的を」
港から吹き抜ける一陣の風に髪を靡かせながら、先ほどとは打って変わって真剣な眼差しで離島を見据えるエルセデス。
エルセデス「ふん。わざわざ守護聖様を出向かせたんだから、退屈は許さないわよ」
・離島の港町。寂れた雰囲気で活気が無い。
N「エピヌス」
N「聖王国から離れた辺境の島にある港を中心とした町」
N「かつては隣国との貿易港の一つとして使われ、島特有の豊富な特産物等で賑わいをみせた。しかし、突如起こった水質、土壌汚染の影響で資源は枯渇し瞬く間に人の活気を失った。今では100人弱の定住者を残し、過去の喧騒を恨めしそうにだんまりを決め込むだけの寂れた町と化した」
N「そんな場所に守護聖が出向いた理由は、最近起こった不可解な連続怪死事件にある」
人っ子一人いない街並みを歩くエルセデス
エルセデス「ホントに何もないわね」
オズワルト「ただでさえ少ない島民が今回の大量変死でさらに少なくなったからな。何よりも例のアレのせいだろう」
エルセデス「あー、なんか死因の中に明らかな他殺が何件かあったんだっけ?」
オズワルト「正確には分類不明だ。遺体は凄惨極まりない有様で、まるで獣に食い荒らされた様な痕跡だけが残っていたそうだ。汚染物によるとみられる変死が多くを占める中、あまりにも異質なその死は極限状態の島民達を恐怖の底に落とすには十分だった」
エルセデス「まぁそれだけじゃ守護聖が動くには不十分」
そう言いかけたところでエルセデスは自分達以外の声に気付く。
3人の小年が寄ってたかって、うずくまる一人に苛烈な暴行を加えている場面に遭遇するエルセデス。
小年A「くたばれ! 化け物!」
小年B「お前のせいで! お前のせいで俺のおふくろは!」
小年C「やっぱりお前達兄妹は災いの子だ! この島に不幸を呼ぶ災いの子だ!」
傷だらけの小年「ぐっ、う、うぅ」
あまりにも一方的な仕打ちのため割って入り小年3人をたしなめようとするエルセデス。
エルセデス「その辺にしときなさい。ただでさえ過疎ってるのに、これ以上人減らしてどーすんよ」
小年A「なんだお前は?」
小年B「よそ者が、引っ込んでろ!」
小年C「出しゃばってんじゃねー!」
激しい剣幕と、自分がこの国のシンボルたる守護聖なのに知られていないことに動揺するエルセデス。
エルセデス「えっ?! ちょっ、わ、私が誰だか知らない訳ェ!」
オズワルト「ははは、流石の守護聖様でも辺鄙な島までは威光が届かないと見える。それともあれかな? 単純な知名度の無さかな?」
エルセデス「うっさいわねぇ! このガキどもが世間知らずなだけでしょうがぁ!」
小年A「なんだ? どこからか男の声が?」
小年B「それにコイツ、今、守護聖って…」
小年C「そういえば守護聖の一人にガラの悪い女がいたような…」
守護聖。その単語一つで先ほどまでいきり立っていた小年達がたじろぎだす。
エルセデス「おーいジャリども~、折角こんなとこまで足を運んで下さった守護聖様に対して何かな~今の態度? それに私、忙しいところをわざわざ来てやったんだし、もっと出しゃばりたいんだけど~」
優しい笑顔と穏やかな声色ながら明らかに圧を掛けるエルセデス。おおよそ秩序と平和の守護者には見えない姿である。
小年ABC「えーと、そのぉ…」
エルセデス「おい!」
小年ABC「す、すみませんでしたああぁぁ!」
凄んだエルセデスに気圧され一目散に逃げ出す小年達。
エルセデス「わかったか! カッペ共! これからは私の写真を家に飾って、寝る前に毎日拝みなさい!」
オズワルト「そんな邪教広めるなよ。それに、もう少しそのチンピラみたいな態度改めれないのか?」
エルセデス「私は守護聖よ! 文句ある? それにこんなに美人で賢くて強いのよ! 何やっても許されるでしょ、守護聖バンバンザイ! 守護聖無罪よ!」
オズワルト「呆れた。よく今まで失脚しなかったな」
守護聖であることをひけらかし息巻くエルセデス。その足元の影から呆れるオズワルト。傍目から見たら珍妙な光景をよそに静かに立ち上がる傷だらけの小年。
エルセデス「お、君、大丈夫だった? いーぱい感謝してくれていいわよ~」
オズワルト(まだ言うかコイツ)
傷だらけの小年「助けてくれた事には感謝します守護聖様。ありがとうございました。では、これで」
一言感謝を述べると、ボロボロの背を向け、ふらついた足取りでその場から去ろうとする傷だらけの小年。
オズワルト「エルセデス」
エルセデス「わかってるわよ」
小年に声を掛けるエルセデス
エルセデス「ちょっと待ってくれる?」
傷だらけの小年「? 何でしょうか… 申し訳ないですがお礼に差し出せるものは無く…」
エルセデス「そんな恩着せがましいことしないわよ」
オズワルト(本当か?)
エルセデス「私さ、この島で起きてる連続怪死事件を解決するために来たんだけど、ちょっと話聞かせてくれないかな? 君が災い呼ばわりされてたことも含めて」
そう問われた小年は、一瞬考えた後
傷だらけの小年「…わかりました… 家まで案内します。着いて来て下さい」
・港から離れた森、その中にある小年の小さな家。
傷だらけの小年「ただいまテニア。今帰ったよ」
帰宅、出会った時から悲壮感に包まれていた小年からは、その日初めての笑みが零れていた。
テニア「お帰りなさい兄さん」
出迎えたのは小年の妹だった。兄とお揃いの色をした瞳を持つ幸薄そうな少女だった。
テニア「あら兄さん、その人たちは?」
傷だらけの小年「あぁこの人はね、この島と僕たちを助けに来たくれた守護聖様なんだ」
テニア「まあぁ。あの守護聖様が? 私達の島に?」
歓迎ムードにやたらと上機嫌になり自己紹介する件の守護聖。
エルセデス「はーい。初めまして、妹さん。私は守護聖第七席エルセデス。よろしくね。あっ、ちなみに席次は実力とは関係ない数字よ。でなきゃ私が七番とかありないから」
傷だらけの小年「ご紹介が遅れました。僕はテオ。こちらが妹のテニアです」
テニア「は、初めましてっ! わ~すごい! 本物の守護聖様だぁ!」
指の腹をくっ付けて満面の笑みのテニア。守護聖が本来向けられるべき眼差しに気分を良くするエルセデス。
テニア「あっ! こうしちゃいれない、おもてなしをしなくっちゃ」
テオ「テニア、それは僕がやるよ」
テニア「体の事なら大丈夫だよ兄さん。兄さんもほら休んでて」
テオ「テニア…」
エルセデス「出来た妹さんね。特にあの守護聖を前に心躍らせる様子が実にいい。実にいいわー」
ガッツポーズで喜びを表すエルセデス。
テオ「はい… 僕のただ一人の…この世で最も大切な妹です」
椅子に座り、机の上でこれまでの経緯を話すテオとエルセデス。
エルセデス「なるほど。変死の状況は様々で、痙攣して死んだ者、青ざめて死んだ者、悶えたり、口から泡を吹いたり、果ては発狂して自傷したものまで。そのうえそれらの原因は不明ときてる。医者とか遺体を調べた人間はどんな見解を?」
テオ「わからなかったようです。数十年前の汚染によるものかと思われましたが結局わからず仕舞い。皆匙を投げ、集団ヒステリーや呪いなどと言う始末です」
エルセデス「ふーん。そういえばアレは、何件か惨い有様の死体があったんじゃなかった?」
テニア「きゃっ!?」
バリンっと音がする。食器を落としてしまったテニア。
テオ「テニア!」
テニア「だ、大丈夫… ごめんなさい。ビックリさせちゃって」
顔色が悪く苦笑いする妹を兄と守護聖が心配する。
エルセデス「大丈夫? 妹さん顔色悪いわよ」
テオ「守護聖様。話の続きは… 外でしませんか?」
エルセデス「?」
テオ「妹には… あまり聞かれたくない話で… 僕達兄妹の事もお話しします」
昏い表情のテオ。青ざめて震えながら食器片を片付けるテニア。兄妹の重苦しい異様な雰囲気を訝る守護聖。
・夜、薄暗い森の中。
一人歩くエルセデスはあの後、家の外でテオと話した内容を頭に浮かべる。
回想 テオとエルセデスが家の外で会話している場面。
テオ「ちょうど汚染が話題になる少し前、まだ貿易が盛んだった頃です。一人の商人が見慣れない生き物をこの島に連れてきました」
回想 檻の中に入れられた正体不明の生き物。黒塗りで詳細は見えない。
テオ「それは遠い異国で捕獲した奇妙な生き物だったようです。皆が気味悪い視線を送る中、一人の男だけは興味の眼差しでそれを見ていました。そう僕達の父です」
回想 壊された檻。至る所に獣の鉤爪による傷とおびただしい血痕。
テオ「獣を買い取った父でしたが、ある日、獣は檻を食い破り逃げ出します」
回想 獣が人を喰らう場面。
テオ「父は責任を逃れるためそのことを隠し秘密裏に処理しようとしました。しかし、獣は近隣住人に被害を及ぼし、獣害はこの小さな島全土に広がる未曽有の災害になりました。父の拙さが対応を後手に回らせた事も被害の大きな要因の一つでした」
回想 獣の口から零れる血が河川に流れこむ様子。禍々しく濁った川から大量の魚が浮き、周りの花々や木々が朽ちていく。
テオ「獣は人の営みだけに飽き足らず、草花や、生き物、この島のありとあらゆる自然を食い散らし蹂躙していきました。さらにその体液は毒の様にこの地を蝕み、後の水質、土壌汚染に繋がることになります」
回想 獣を討伐する騎士。
テオ「事態を見かねた国は遂に動き、当時の守護聖によって獣は討たれます」
回想 怒り狂った島民により殺される兄妹の父。
テオ「しかし、獣が死んでもこの島は生き返りませんでした。そしてその責任は獣を呼び込んだ父にあるとして、暴徒と化した島民は父を殺します」
回想 肩を寄せ合う幼い兄妹を人々が非難する。
テオ「それでも怒りが収まらない人々は子供である僕達にもその凶気を向けます。そうして僕らはいつしか災いの子と呼ばれるようになり、今なお、根深い迫害を受け続けています」
回想終了
オズワルト「なるほど。それであの仕打ちか。腑に落ちない部分もあるが、おおまか納得できる」
エルセデス「そんな事件が過去にあったのなら、今回の事件を獣の呪い、災いの再来と、島民達が恐慌状態に陥るのも無理はないわ」
森を抜け少し開けた場所に出るエルセデス。草花や木々は枯れ、守護聖の髪だけが風に揺られる。
エルセデス「で、ここが獣が討伐された場所。今では禁足地になってるそうよ」
ズシン、ズシンと地鳴りのようなものが鳴り響く。
オズワルト「おや? お出ましのようだ。はたして獣とやらは我々を歓迎してくれるのかな?」
森の奥から鳴り響く地鳴りの正体は足音。しかし、徐々に迫りくるソレの持ち主は超常の存在。
エルセデス「なわけないでしょ。守護聖に殺されたんだもの、お礼参りがしたくてたまらないはずよ」
姿を現した獣。そのシルエットは犬や狼に近いが、遥かに巨大でヒト一人位なら楽に丸呑みにできそうな程の体躯を誇る。黒く無造作に伸びた体毛には所々が返り血で赤黒く変色した部分があり、隙間から爛れた肌を覗かせる。おおよそ人が抱くであろう畏怖、恐怖、嫌悪感をこねくり合わせ形にしたモノが守護聖の瞳に映っている。
オズワルト「噂に違わぬ姿だな」
獣は虚ろな瞳に守護聖を捉え、血とよだれの滴る大きな口を歯ぎしりさせ、吠えた。
この世のモノとは思えぬ咆哮を島全体に轟かせ臨戦態勢。
エルセデス「上等! ワンコちゃん、守護聖の首、取れるもんなら取ってみなさい!」
目の前の怪物に一切臆することなくエルセデスは立ち向かう。
・同時刻、兄妹の家。
部屋の灯りを消し寄り添う兄妹
テニア「ねぇ、兄さん。守護聖様は私達を守ってくれるかしら?」
テオ「心配いらないよテニア… だって守護聖様なんだから… きっと僕らを守ってくれるよ…」