【30分日記】2024/11/06 制限時間を設けて日記を書いてみた
執筆開始 ー2024/11/06 00:08ー
日記というものをちゃんと書いたことはない。その日、自分の身にあったことなどを振り返る。まじめに振り返ったことはない気がする。
申し遅れたが、私の名前は「紅玄」という。読みは「こうげん」だ。今は会社員として、一応なんとか働いている。
まあ、今日…厳密には昨日だけど(実際に体調が悪かったし)仕事を休んだ。週明けはどうしても、体調が悪くなりやすい。体が時々どうしても仕事に行くことを拒む感じ。
上司に有給を使う連絡、そして謝罪をする。休むことに対してもちろん罪悪感はある。でも、罪悪感を上回って休みたい時だってある。こういうのを無理すると精神面に影響を及ぼす。うちの会社はそのあたりは寛容で、とても甘えさせてもらっている。情けない話だが。
ところで、なぜこのような日記を書こうと思ったのか。それをまだ言っていなかった。まあ、また思い付きでもあるんだが…どうも、最近は自分自身をコントロールできていない。
なんとか、怠惰な自分を直せる方法はないか。上手くいくかはわからないが、まず自分の行動を振り返ることが大事だと考えた。しかし、怠惰な自分は継続力もない。なので時間を設けて日記を書こう。
それがこの「30分日記」を書いている、ザックリぼんやりした理由だ。ちゃんとタイマーをつけて書いているので、タイマーがなったら、途中でも投稿するつもりだ。推敲なども最小限に。津々浦々?赤裸々?に書く感じ。
もちろん、タイマーストップになったら、速攻〆の文と最小限の推敲をして投稿する。まずやってみることが大事だ。
もちろん毎日書きたいが、毎日書ける人間であれば、自分を怠惰だとは思わない。これは怠惰を直したいがための悪あがきだ。
で、そのコントロールできない自分は今日の休みも、正直行こうと思えば出勤できた。ほぼ、仮病に近い。
朝起きて、アレしてコレしてそれから…と色々考えるが、ふと「あ、仕事に行きたくないな」という考えがよぎる。すると、どうだろう。履きかけた作業着を脱ぎ始めていた。そして、一度そのような怠惰な考えに至ればいっかんの終わり。あの手この手で怠惰になろうとしてしまう。
言い訳がましいことを言うが、このときの自分は、自分であって自分ではない感じだ。体が勝手に動く感じだ。でも、はたからみれば、あくまでもそのような行動を行おうという意思のもとに動いているようだ。でも、苦し紛れに言わせてほしい。あれは、自分の意志に反した動きなのだと。
もちろん、頭の中で、理想は描く。毎日しっかり出勤して、バリバリに働いて仕事を回す。一般人として最高だ。しかし、現実はどうだ?朝は定時ギリギリ、仕事中は合間にサボりながらダラダラと締め切りギリギリまでやる。最悪だ。これが、自分の本来の姿だ。理想とは程遠い。
そんなもん、自分の意思が弱いだけだろ、お前がただただ怠惰なだけ。努力しろ。非難囂々の嵐だろう。でも、これは、私自身が自分自身に「絶望」している故だと考えている。
真面目でしっかり者の理想の自分と、それと乖離した本能のままに怠惰な本来の自分。
もちろん、私は昔は怠惰な自分を直そうと努力した、入社当初かな。でも、何年経っても改善されない。それは、なぜか。わからないまま、どんどん精神をすり減らし摩耗していく。
そして、やっと病院に行くことにした。精神科だ。そこで診断をもらった。いわゆる「自閉症」と「ADHD」というやつだった。
今までは、そんな自分でもなんとかなる環境であったが、会社に入社してからはそうもいかなくなる。でも、世の中の間違いを私自身も当初は信じ込んでいた。そういった精神的な部分は自分が未熟ゆえの結果なのだと。
だが、これだけは言いたい。精神的な問題は「100%確実に自分自身で改善できるものではない」そして「時に精神は自分自身でも制御できないことがある」と。それを知らずに生きた自分は、その気づきを得るまでにどれだけ絶望したか…。
いきなり、しょっぱなから見るに堪えない文章で申し訳ない。
気が付けば30分などあっという間だ。(タイマー鳴った)
自分の理想は毎日書きたいが、不定期にもなるかもしれない。そこは、この日記で自分を改善したいという意思の強さの表れかもしれないので、次も執筆ことを願う。
なんとか、この怠惰な自分に絶望することをやめ、向き合える糸口を掴みたい。その始まりがこの日記になることを願う。
執筆終了 ー2024/11/06 00:47(39分)ー
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