14 さよなら、僕の平和な日々よ
『あたしは準備が整ったらそっちに行くわ』
「えっ……来るの?」
『助かりたいんでしょ。あたしに従いなさい。とりあえず今言ったことを一時間以内に完了させて。そっちが身の安全を一時的にでも確保できる場所についたら、あたしにメールでもいいから連絡して頂戴。それを合図にそっちに行くわ』
「了解……でもさ、本当に大丈夫なの?」
『しつこい』
美佐子さんは言いたいだけ言うと、唐突に通話を切った。まったく……本当に自分勝手な人なんだから。
さてと……どうするかな?
まずは確かに状況を把握しなくちゃ、どうにもならないだろう。
でもどこにいるんだろうか……?
除外できるのは教室だろうと思う。微妙に広いその空間に、一ヵ所にまとめて置いておけば、監視するのは楽になるが、人質に逃げる機会を与えることになると思う。しかも出入り口は必ず二箇所。これでは見張りも必ず二人はいなくてはならない。それに案外窓が多いから、みんなが結託して見張りの邪魔をし、一人だけでも逃がすことができるんじゃないのかな?
あぁ、でも……二階や三階だったら、有効かも……けど少なくとも二階の教室ではない。二階だったとしたら、第一職員室や購買部、生活指導室、放送室や放送準備室、保健室、校長室、第一会議室、教材などを保管する用具室などがある。ここに入れるかなぁ……うーん……
三階には第一理科室、第二理科室、理科準備室、第一家庭科室、第二家庭科室、コンピュータールーム、視聴覚室、図書室、第二会議室などがある。
連中は玄関に車を乗りつけ、稲元たちに遭遇した。突然のことに稲元たちは驚いただろうし、抵抗しただろう。確か、誰かが逃げ出そうとしていたしね。けど、捕まった。犯人たちはどこに閉じ込める?
僕なら……よりによってバスケ部の連中だから、そりゃみんな体格いいしなぁ。あんまり長く歩かせたくないよね。パニックっているうちに閉じ込めなきゃ、暴れられるとひと苦労しそうだし。それに稲元だけを連れていこうとすれば、きっと誰かがそれについて口を開く。僕がその場に居合わせてもそうしていただろう。
「うーん……」
どこにいるんだろう……
あれ? 待てよ?
さっき美佐子さんは、稲元が代議士の孫で、どっかの右翼だったか、左翼だったかが、危害を加える可能性があるから、国外へと逃がそうとしていたと言っていたよね?
じゃぁ……稲元を拉致ったら、ここにいる必要はないんじゃない? だって稲元の顔も知らないままで、行動を起こすなんて変だもの。
あれ?
なんで連中はここに残っているんだろう? 目撃者が多いから?
ふーむぅ……わからないな。
連中は稲元に接触することの他に、ここでしなくてはならないことがあるんだろうか?
だから学校中の中を歩き回って電気をつけて、本当に他に人がいないかどうか確認していたんだろうか?
僕は絶対に見つかるわけにはいかないな。
って……僕、稲元たちとマックに行く約束していたんだよな?
もしも稲元たちの誰かがそのこと話していたら……当然、僕を捜しているだろうし。
僕は溜め息をついて、手にしたままの携帯を見つめた。僕は稲元の番号を知らないんだよ。
あーあ、僕が知っているのは黒田のような、同じ帰宅部のような連中ばっかりだし。
ん? 案外その黒田なら知っているかも?
あいつの携帯のメモリーの大部分は女の子のものだ。それは断言できる。しかしその女の子を紹介したり、紹介してもらうために、男同士の付き合いも欠かさないマメなところがある。
僕はダメ元で黒田に電話をかけた。
コール音が続く。なかなか電話に出ない。あいつめ、合コンに盛り上がっていて聞こえてないな?
もしもあのとき僕もそっちを選んでいたら……やめよう、そういう考え方。
『はいはい、良一? どうした? 来る気になった?』
どうやらカラオケにでもいるらしい。黒田の声の向こうはうるさいくらい賑やかだ。
「いや、悪い。行きたくても行けない。あのさ、稲元の携帯の番号を知っているか?」
黒田には本当の理由は言えないな。稲元が捕まっているとか、学校に危ない連中が籠城しているとか言ったなら、きっとやじ馬根性丸出しで見物に来るだろう。脳天気というか、お調子者っていうか、ま、ともかくそんなヤツだし。
『知ってる。どうしたんだよ? さっきまで一緒だったんじゃないのか?』
僕はどうするか逡巡したあと、半分だけ黒田に嘘をつくことにした。
「そりゃ部活に出ていたから一緒だったさ。あ、そうだ。試合勝ったよ。で、打ち上げをかねてマックに行く約束していたんだけど、なんか場所間違えたみたいでさ。んで、電話するにも僕も稲元も番号知らないから」
『ふーん……じゃ、メールで番号教えるよ。俺も見ないとわかんねぇから』
「悪いな。サンキュ。精々合コンを楽しんでくれたまえ」
『当然!』
好色そうな声で最後は笑いながら、黒田は通話を切った。やれやれ、いい気なもんだ。
黒田からメールが届く前に、僕はこれからの作戦について考えることにした。
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