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33 殺戮のBB

 デッドシティでハウンドに逆らう連中は死を覚悟しなければならない。しかしハウンドの配下となれば、自由に仕事を引き受けられない。
「あたしはハウンドに入ったわけじゃねぇぞ? 今回成り行き上しかたなく仕事は引き受けたが」
「そんなのはボスに言ってくれ。俺たちは言われたことを言われた通りにしているだけだ」
 そう言って連中は荷物を廊下に運び出した。
 足元を見れば、板を渡して部屋の奥に入っているようだ。ビアンカも中に入って行く。
「なんつぅ、風通しの良さだよ、おい……」
 窓を開け放っている時のように風が通り抜ける。ビアンカの嘆きに男たちの笑い声が重なった。
「まったくだ! しかしあんたは不幸中の幸いって奴だぜ。隣もそうだが下を見ろよ!」
 言われて穴から下を覗き込む。見れば崩壊したコンクリートの下に茶褐色に偏食した血肉が見えた。爆破で崩れ落ちたコンクリートの下敷きで、押しつぶされて死亡したのだろう。もちろん、死体はそのままあって、誰も片付けようとはしていない。死体の腐る匂いに耐えかねた誰かが乾物屋か始末屋を雇えば消えてなくなるだろうが、そうでなければそのままだろう。
 この街の警察など機能していない。一応テンストリートには存在しているが、奴らの管轄はエイトストリートから向こう側で、セブンストリートからこちら側は何があろうとも黙認している。
 この街での犯罪をまともに取り締まろうとしたら、早晩に署員は過労死する。街の人口の半数以上が犯罪者なのだから。
「おやまぁ、マッシュポテトになりやがった。運が悪いな」
 確かにハートランドでの仕事が早く終わり、バートのバイクも故障することなく帰宅できていれば、もしかしたらビアンカも爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれない。
 確かに不幸中の幸いだ。
「そうだろ、それに比べたらあんたはついてる。さてと、使えそうなものはあらかた出しておいた。それでもあんたが必要なものだと思うものがあったら、運んでくれ」
 そう言われて部屋を見るが、元々寝る・食う・着替える・シャワーを浴びる以外の用途はない部屋だ。趣味的なものは持ち合わせていない。
 この街に生きる者の中で、殺しを引き受ける連中の多くは部屋を持たないことが多い。それは自分もいつか殺されることを覚悟しているからだ。
 そうした意味ではバートもそうなのだろう。睡蓮華を根城にするのは、女と寝るためでもあるだろうが、バートが個人のフラットを借りていない証拠だ。
 そんな中ではビアンカは部屋を借りているだけ珍しいのかもしれない。
「特にねぇな。着替えは無事か?」
「あぁ、ブラジャーと下着はいい趣味してるぜ! 一枚くれよ!」
「何に使うんだよ? てめぇのものは収まんねぇぞ?」
「そりゃ、おかずに」
「ばーか。んなもんでヌクより、女と寝ろよ」
「おまえが相手してくれるならいつでも喜んで」
 ビアンカはその下心丸出しの台詞に笑った。
「毎日やってんじゃ、体がもたねぇよ。男と違って、毎日抜かなきゃならねぇもんじゃねぇからな、女はさ」
 そう言ってビアンカは部屋を出ることにした。やって来たとき同様に板を渡って廊下に出る。零次は受け取った荷物を置きに行ったのか、そこにはいなかった。
「なぁ、隣は見たのか?」
「まだだ」
「見学していいか? 荷物運ぶついでにあたしもそこに連れていけ。だからその時まで時間潰す」
「好きにしろ」
 その言葉を受けてビアンカは廊下に腰を下ろした。短くなった煙草は床にこすり付けて火を消す。
 ビアンカの部屋から撤収するために板を外し、今度はボマーの部屋の入口へその板を渡す様子を見ながら、ビアンカは一連の事件についてぼんやりと考え始めた。
 ハートランドへ仕事をするためにデッドシティを離れていた間に、街の権力者たちの店先にあらわれた爆弾魔。昨日、睡蓮華を爆破した男は、完全に薬がきまっている状態で、すっかりおかしい様子だった。
 この条件は沢元のカジノを爆破した連中と同じらしい。やはり箱を抱えたジャンキーが爆破のお届けにやってきたと聞いた。
 対するボマーはそのあだ名の通り、爆発物を作る発破屋だ。本名など誰も知らない。この街では本名は大した意味はない。相手が識別できるなら、通り名が馬鹿でも屑でもそれでよかった。
材料をどこで調達しているのかは知らないが、爆発物を作ることだけに執念を燃やしていた。すべてを一瞬で吹き飛ばして消し去るのが気持ちいいと抜かしていたこともあった。
 そして何よりジャンキーである。
「……」
 偶然か?
 いや偶然ではないのだろう。このデッドシティではありとあらゆる犯罪が跋扈している。しかし銃火器や爆発物の流通はドラッグより出所が制限される。小規模な売買ならば、新規参入でもバレはしないが、大規模なものならば市場が荒れる。武器の売買を専門とする組織が黙って見ているわけがない。
 大抵の武器は大戦前の品だ。それらを修理し、または模倣した品が出回っている。爆薬とてそれなりの流通のルートがなければ難しい。
 一連の爆発物はボマーが誰かから依頼を受け、そして提供していたと考えて正解だろう。その誰かがわかるようなら、沢本も手を焼いたりはしないだろう。
 共通しているのは爆発とジャンキー……
 ハウンドは珍しいことに薬の関係には一切手を出していない。デッドシティでは薬と武器と女が一番の商売道具だ。

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