08 さよなら、僕の平和な日々よ
「バスケとか興味ないわけ?」
と、北山が聞いてきた。確かにメンバーが五人ぎりぎりしかいない弱小バスケ部に、もう一人控えの選手が増えれば、試合運びは楽になることだろう。
僕に対する見え透いた勧誘なのだろう。久しぶりだなぁ、勧誘を受けるの。
しかし僕は苦笑しながら、否定するように首を振った。
「悪いけどさ、部活はできない。家がアンティーク・ショップやっているんだけど、店番頼まれることが多いんだ。それも前もって一言、言ってくれればいいのに、その日の朝になって頼むもんだから、部活とか毎日のものは無理」
まさかここでもう一つの事実を告げるわけにもいかない。
夕飯作って掃除してなんて……言いたくないよなぁ。
そんな内面の葛藤を北山はもちろん、ここにいる全員が知らない。
「もったいないよな……いい運動神経しているよ、まったく。前半はもう捨てていたけどさ」
北山がそう言って笑うと、その周辺も頷きながら笑った。
「じゃあ、みんなでマック行こうぜ」
稲元がそう言うと異論は出なかった。
そうだ、美佐子さんにメーメしておこう。どうせ僕が夕飯作ると思って呑気にしているんだろうから。
僕は先に着替え終わった。それから制服のポケットをさぐった。
「あれ?」
スマホがない。
続いてリュックの中も見る。入れた記憶はないんだけど……
「あ」
顔色を変えた僕を見て、稲元は訝る。僕は溜め息をついた。
「どうした柿本?」
「教室にスマホ忘れた。多分机の中」
部室からは結構遠い。あぁ、面倒くさいなぁ。でも置いて帰るわけにもいかないし。
「忘れんなよなぁ。行ってこいよ。玄関出て待っているからよ」
「うん」
僕は借り物のユニフォームとタオル、それからいやに臭いバスケットシューズを返すと部室を出た。
「お……暗いなぁ……」
廊下は途中まで電気はついているが、奥のほうはついていなかった。さすがに試合のあと、だらだらと話していただけはある。真っ暗だ。それに試合が終わったあとは、後片付けやらなんやらとあったのも確かだ。
僕はまっすぐに廊下を歩くと、階段を登り始める。暗い校舎の中はなんだか不気味だ。音がやけに反響するので、余計に暗さを感じるのだろう。目で周辺を見て暗いと認識し、人のざわめきがないということで、耳が無人を意識する。それから空気がしんとしているのが肌でわかるのだ。
「なんか不気味」
怖さを感じて呟いた一人言が、更に恐怖心を大きくした気がする。なんてな。ばかばかしい、小学生の子供でもあるまいし。
階段を登ると途中でまた廊下へと進む。僕のクラスへはもう少し行かなくてはならない。
それにしてもたまには、こういう部活の雰囲気もいいものだ。所詮僕は負傷した矢部の変わり身に過ぎないが、それでもみんなで何かに打ち込んだという一体感が爽快だった。
「ふぇぇ……暗いなぁ」
電気をつけようかと思ったが、まったく何も見えないわけでもない。ましてやこの学校は街中に建てられていて、大通りに面しているんだ。窓から差し込む街の明かりが差し込んでいた。
「ん?」
と、そこに校庭にライトが光った。よく見れば大きなワゴン車が入ってきた。随分と乱暴な運転だ。ワゴン車はまっすぐに校舎を目ざして突進してきた。思わず僕は窓際に寄ってそれを見てみた。
「……」
ワゴン車から人が複数降りた。どう見ても尋常じゃない。先生が校庭内に車を入れるわけがないし、入れたところであんな慌ただしい降り方するかな?
「あ……」
玄関に一足早く稲元たちが現れ、その謎の人物らと遭遇した。
「あっ!」
稲元たちは荷物を放り投げて両手をあげた。
何だ、何が起きているんだ!?
男たちは稲元たちに詰め寄った。
何かを突きつけられている?
「拳銃!」
それともナイフだろうか? とにかく武器であることだけは間違いなさそうだ。色とか形とかは、ここからではよく見えず、まったくわからない。
「あぁ……あぁぁ……まずいんじゃない?」
誰かが逃げようとしたが、追いかけられて殴られたようだ。うずくまったところを、襟を無理矢理捕まれて、ずるずると校舎の中へと引張込まれた。
「何だよ、これはぁ?」
頭がガンガンしてくる。心臓がどくどくと鳴った。
お、落ち着け。落ち着くんだ僕!
ま、まずは現状を把握しよう。
突然現れたワゴン車には、複数の怪しい人物らが乗車していた。泥棒するなら高校なんて入らないだろう。それもこんな時間に。
じゃあ何! 何しに来たの?
誘拐するなら校舎の中じゃなくてワゴン車の中だろ?
汗臭い男子高校生猟奇殺人の会じゃないだろって……それもっとやばいじゃん!
でも、でも、他に何があるんだ?
いや、待てよ? あの車の乱暴な乗り入れ方からして、逃げ込んだって感じじゃないか? 乱暴に乗り入れているし。
罪を犯して逃げたはいいものの、逃げ場がなくてここに追い詰められたってやつ?
僕は通りに目を凝らした。もしかしたらパトカーの赤いランプが、見えるかもしれないと思ったのだ。
「!」
しかしそれもつかの間のこと。足音が鳴り響いたのだ!
僕はとっさに逃げ場を捜したが、どこからどこへ逃げろって言うんだよ! ここは教室だ! それに先生かもしれないぞ……用務員のおじさんかもしれないし、警備会社の人かもしれない。
けど奴らなら?
僕はあわてふためき用具入れの中に入った。中は雑巾臭くてかなわない。なんだか僕、さっきから臭いものに縁があるな。
息を殺してじっとしていると、足音はどんどん近くなってきた。そしてぴたりと止まる。
心臓が口から出てくるんじゃないかという程緊張した。
どっちだ、誰なんだよ!
しかし相手は動かなかった。僕の手は緊張して汗がびっしょりだ。
「……」
心臓が痛いくらいに強く鼓動を刻む。息が苦しい。
「……」
頼む、一言でいい。何かしゃべってくれ。
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