
30 殺戮のBB
己の生と死を賭け、他人の生と死をやり取りするその一瞬にたまらなく興奮し、その瞬間に生きていることを実感するというのだから、狂っていると言い換えてもいい。
育ての親が賞金稼ぎで、物心付いたころから賞金稼ぎの片棒を担ぎ、そのスリルと興奮が忘れられずに生きてきた三島は、自分の命も他人の命にも執着がない。『人間いつかは死ぬよのー?』と言って笑っていたことすらあった。
沢本と違ってデッドシティ育ちではないはずの三嶋だが、まるでこの街で生まれ育ったかのような人間だった。
「派手に騒いでいる奴らがいるんだよ。目障りだから潰す。だがおまえの手は借りない」
一度、金で仕事を任せたことがあるが、しれっとした顔で最後の最後に裏切り、「ごめんねー! こいつ貰ったから」と、殺す予定だった男を、賞金首だったからと言う理由で最後に掻っ攫った。結果的にデッドシティからいなくなったのだから、それでいいものの、油断がならない。それでいていつもの調子でやってくる、その神経の太さには参る。
「えー? あたしビアンカより強いけど?」
唇を尖らせ不満を演出しながら三嶋は笑った。一儲けできたらいいな、という程度に考えているらしいが、どこで気まぐれを起こして首を突っ込んでくるかわからないのが、このバウンティーハンターの怖いところだった。
「知っている。あいつ、筋はいいが頭が悪い。アカデミーあたりにぶち込めば、短期間で使えるようになるとは思うが、まずは今回生き残っていたらハウンドに入れる。捕まえるなよ?」
ハウンドは現在構成員が不足している。そのため、どこかで補充しなくてはならない。あの神父コスプレ野郎は、見た目とは違うと見た。ビアンカよりは使えるだろうが、どう使えるかはやはり使ってみなければわからない。
「ありゃ? それってマジ? BB両方?」
「あぁ、そうだ。生きていれば、という注釈が付くけどな。何せ今回はまだ敵の全容が見えない。組織立っているのだろうが、どれ程の数が送り込まれているのか、まったく不明だ」
デッドシティは犯罪都市。そのためリンクレンツ中の悪党どもが押し寄せる。そして諍いが起きては殺し合い、再び行き場のない人間が流れ着く。絶えず新しい顔が入ってくるため、どこでそれを見極めるかがむずかしい。
「珍しい、要君が後手を踏んでるんだ。じゃ、気が変わったら声をかけてね? しばらくはこっちにいるから!」
「だらか使わねぇよ!」
「バイバーイ!」
しかし三嶋は沢本の言葉を聞かず、一方的に言って手を振り別の方向へ歩き出した。
「相変わらず、人の話を聞きゃぁしねぇ女だな」
憎みきれない旧友は、颯爽とした足取りで離れていった。腕っぷしのよさは信頼はできるが、人柄の信用はできない女だ。
要はため息を一つこぼしたあと、煙草を一本取り出して咥え、ジッポーで火を灯し深々と紫煙を吸い込んだ。やや辛い風味を口腔で味わい、そっと息を吐き出す。
眼前に見えるのは沢本が経営するカジノだ。もちろん、日の高い時刻に営業はしていない。そのためそのまま裏の通用口へと回った。
カジノで働いているのは、なにも構成員だけではない。夜間の営業時間帯は構成員の大部分が占めているが、日中の店内清掃や飲食料の補給などは、別に雇っている民間人だ。
裏の通用口は空いていて、要はそこから中に入った。
店内に明かりはついていなかったが、窓から差し込む鈍い日差しが、それでも十分に届いていた。
「あ、沢本さん、おはようございます」
「ご苦労さん」
咥え煙草のままで中を突き進む。すると客席に座っていた一人の人物が振り返った。
「ん? あ、かにゃめきゅんら、おふぁほぉー」
口一杯にオムライスを頬張り、咀嚼しながら満面の笑みを見せるのは、まだ二十歳そこそこに見える女性だ。だがしかし、彼女の年齢が実は自分と同い年であることを、沢本は知っていた。
栗色のふわふわとした髪を背に流し、明るい茶色の瞳の女性は、可愛らしい容貌こそしていたが、ある意味先ほど会った三島同様、いや、それ以上に危険な経歴を持つ女だった。
「なんで営業時間外におまえがそこで飯を食っているんだ?」
そう言って従業員に視線を送れば、みなそそくさと視線を反らす。要と昔からの顔見知りだと知っているため、無茶な注文を断りきれなかったのだろう。沢本は呆れたような表情のままで、近づいて真向かいの席に座った。
「まぁ、いい。どうせ用があった。今夜にでもアカデミーに出向くつもりだったから、手間が省けたけど」
「なぁに? あたしに用事?」
童顔のために常に年下に見られ、またその間延びした口調から、つい気を許してしまいがちになるが、実はそれこそが危険の元である。