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【写真家の凸凹雑記 #10】 漁師の引退式丨 Funny!!平井慶祐

 ときが流れるのは早いもので、あっという間に11月。石巻は朝晩が冷え込みあっという間に冬が来そうな気配です。写真家の平井慶祐です。

撮影が続き、内容の編集なども進んでいますが、完成する前にやっぱり撮影の様子もみなさんにもお伝えしたいなぁと思っているので、少しづつ綴っていこうと思います。

元気なうちに撮ってもらおうかと思って。

 実は漁師って定年が無いんですよね。元気があればなんでもできる!じゃないけれど、石巻にも生涯現役を貫く漁師はたくさんいます。そういうお爺ちゃん漁師に出会うと、昔の武勇伝や僕の知らない時代の海の話が聞けるのでめちゃくちゃ楽しいんです。そういうの大好物なんですが、どんなに元気でもいつかは船を降りるタイミングが来てしまいます。

 今回の撮影はそんな老漁師の娘さんから「元気なうちに撮ってもらおうかと思って。」という一言がキッカケでした。

 万石橋のたもと、祝田地区で漁師を営む佐々木 力さん(86)は、漁師歴70年の大ベテラン。実は過去にシャコエビ漁の船に乗せて貰ったり、仙台雑煮には欠かせない焼きハゼの様子も撮影させてもらったことがあります。

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2014年5月14日 シャコエビ漁@万石浦

 やっぱり思い出深いのは香ばしい匂いが立ち込める納屋の中で焼きハゼを焼く作業をしているところ。奥さんが炭火の前で、串をクルクル回して焼き加減を見ている傍らで、力さんは器用に少し冷めた焼きハゼを手際よく縄で編んでいきます。その姿がまぁ見事なのですよ。娘さん曰く、焼けたそばからかぶりついたら最高なんだとか。

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力さんが漁師をはじめたのは中学生のころ。お父さんが早くに亡くなったので一家を支える大黒柱として漁船に乗ったんだそうです。

力さん:
昔だから船外機なんてないから炉を漕いで、金華山まではいかないけれど網地島までは行ったね。延縄(のべなわ)、抜き縄(ぬきなわ)ね。大きなネウ(アイナメ)とか、ボイジョ(タケノコメバル)だとか。この辺では小縄(こなわ)っていうけれども。夕方に抜き縄やって上げて、また炉を漕いで明け方に戻ってきてようやく魚市場に間に合ってね。それが漁師の始まりだったね。

 漁師人生で楽しかったことは?という質問には、貧乏漁師だったけどみんなで積金をして年に一度、バスに揺られて温泉旅行に行ったことだそうで、漁師たちは漁師言葉で、さらに酔いも回っているもんだから、ずっと喧嘩してるのかと思っただろう。ホテルの人は大変だっただろうなぁ。なんていたずらっ子のように笑いながら教えてくれました。

漁師の引退式とラストクルージング

 そんな力さんですが、最近体調を崩したことをキッカケに本格的に引退を考えているとのこと。依頼主である娘さんと相談をして、船を手放す前に家族で集まって引退式をして、その後にお父さんの船に乗り込んでラストクルージングをする計画を立てました。

 実は撮影数日前に、気の早い力さんが船をさっさと処分してしまったというハプニングがあったり、天気予報が雨でこれじゃ海には行けないかもしれない。なんていう不安要素はあったんですが。なんとか撮影当日を迎えました。

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※引退式の司会は実行委員会メンバーがのかづこが務めます

ちゃんと式次第もつくりました。わらわらといつもの船着き場に家族が集ってささやかなセレモニーです。

佐々木 力 漁師引退式
令和3年6月20日
次第
1,開会の辞
2,写真家挨拶

3,家族からの感謝のお手紙
 長男 
孫
4,花束贈呈
 孫
5,父からのお礼の挨拶
6,家族写真撮影
7,万石浦 ラストクルージング

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家族からの感謝のお手紙
家族を代表して長男の私から感謝のご挨拶ということでさせていただきます。ちょっと照れくさいですけど。お父さんへ 長い間お疲れさまでした。70年近くの漁師生活だと思います。その期間、いろんな漁に挑戦して大変な苦労もあったと思いますが、それをすべて乗り越えて私達家族を幸せにしてくれました。本当にありがとうございます。

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お陰様でいつも我が家の食卓では新鮮な魚が絶えることなく、兄弟3人健やかに育つことができました。我が家のご飯は最高です。父ちゃんにとって漁師とは人生そのものだったと思います。盛力丸を手放すのは寂しい決断だったと思いますが引き際も大切だと思います。これから体とばっぱ(母)を大事にして長生きしてください。終わります。ありがとうございました。

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お礼の挨拶
力さん:みなさんにお祝いをいただきまして本当にありがとうございます。佐々木家の中で一番の長生きをさせていただいております。みなさんのお陰と感謝しております。本当に今日はありがとうございました。

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無事、引退式を終え、次は慣れ親しんだ万石浦を家族みんなでラストクルージングといきたいところですが、、、、、。

船がありません。

船があると漁に行きたくなってしまうという理由で力さんは愛船である盛力丸を既に手放してしまっていました。(なんと漁師らしい潔さっ!)

でも大丈夫。実行委員会メンバーにはこの二人がいます。

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 渡波の海苔漁師の相澤さんと中井さんが操船をかって出てくれました。同じ渡波なので力さんのことも良く知ってるし、お隣に停泊している船の持ち主とももちろん知り合い。その漁師さんから船2艘を電話一本でレンタル♪ 準備万端!! (※事前に力さんも船の持ち主にお願いしてました)

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家族みんなで2艘に分かれて船に乗り込みます。
ライフジャケットを装着していざ出港!!

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 奥さんも久々の乗船。船は女性名詞なので女の人を乗せると嫉妬する。という言い伝えがあり昔の漁師は女性を船に乗せたがらない人もいるそうで、種牡蠣の仕事が忙しいときに数回だけ乗ったことがあったくらいだそう。

 そして、万石浦の海の上で撮らせてもらった一枚がこちらです。後ろに万石橋が写っているのがポイント。漁に出るときに必ず目にしていたいつもの光景です。

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ずんずんと船は海の上を走っていきます。万石橋の下をくぐりぬけ、潮風を感じながら進む船の上はなんとも言えない幸せな空気感でした。

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父と一緒に海に出るのなんて何年ぶりだろう?と息子さん。気持ちいい〜!とご満悦の娘さん。船に乗るのが初めてだったお孫さん。

心配だった雨もなんとか持ちこたえてくれて無事にラストクルージングを終えることができました。良かった♪

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船から上がったあとは、実家の前での家族写真も撮らせて貰いました。引退式のときの緊張した面持ちとはちょっと違ってホッとしたいい顔をしている気がしませんか?

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撮影を終えて

 漁師の引退式は野球選手ほど盛大に行われることは無いと思います。でもこうやってあーでもないこーでもないと相談しながら作戦を練り、家族みんなに予定を合わせてもらって、さらに地域の人と人との繋がりをフルに活かして望んでみれば、こんなにも素敵な瞬間を写真に残すことが出来ました。

写真家冥利に尽きるとはこのことだなと思います。

どんなに写真の技術が凄かろうと、どんなにいいカメラを持っていようとも。こんな写真はひとりじゃ絶対に撮らせて貰えるわけが無い。みんながこの一瞬に想いを寄せてくれたからこそ残せた写真たち。

 言ってしまえば写真集に入る写真はすべて、赤の他人の個人的な記念写真なんだけど、そういう写真だからこそ知らない誰かに伝わることがあるんじゃないかと思うんですよね。撮影を続ける中でその想いはドンドン確信に変わってきている気がします。

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震災から11年目の石巻で、

「どこで、誰と、どんな風に記念写真撮りたい?」

約40組の個人的な記念写真が詰まった写真集をどうか楽しみにしていてください!写真集に入れられる写真の枚数は限られてしまいますが、こうやって写真を交えて撮影にまつわるエピソードを綴っていこうと思います。

ではまた!

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