おやじギャグの本質
「なんで、おやじは、つまらないギャグをいうのだろう??」
と思ったことはありませんか?
わたしは12年間の夜職で、毎晩おやじギャグをさばいてきました。「おやじギャグ処理数ランキング」があったら、全国トップ100には入るのではと思っています。そんなわたしですが、ある日気付いたのです。わたし達が思っているのと全然違う場所におやじギャグの本質があると…。
最初は、困っていた
最初は、困惑していました。ダジャレ・ダジャレ・ダジャレの嵐に。
どこかの大物芸人が、ダジャレは「最底辺の笑い」だといっていたような気がしますが、本当にその通りだと思っていました。冷ややかな心と引きつった笑顔で対応していました。
一周して笑えるようになる
おやじギャグの千本ノックを受けているうちに、自分の心の方に変化が訪れました。おやじギャグに慣れ、どう対応したらよいか分かってくると、ギャグそののもの「つまらなさ」より、それを言い放つおやじ達の方に、意識が向くようになりました。そして、つまらない事を言うおやじ達の理不尽さが面白く見えてきて、笑えるようになりました。ウケている(ように見える)わたしに、おやじ達も満足そうでした。
二周目で気付く本質
ため息をつくこともなく、朗らかにおやじギャグと過ごせるようになった頃、
このおやじ達、もしかして、そもそも笑わせようとしていないのでは??
という事に気付きました。
もちろん「ギャグがウケる」とちょっとは嬉しそうですが、華麗にすべってもあまり気にしていない様子。むしろ、満足そう。わたしは、このおやじ達をずっと、相手を笑わせようとする「サービス精神が旺盛な人」だと思っていましたが、そうではなく、
「頭に浮かんだギャグを我慢できない」
「笑わせたい<とにかく言いたい」
なのかもしれない!
だから、相手がしらーとしていようが、めげずにいつも何度でも言う。
なんだ、わたしが無理して笑わなくても、よかったんじゃないか!
オヤジギャグはあるが、おばさんギャグはない
上記に加え、
おやじは困惑する若い女性の反応が好き。
というのも本質だと思います。若い女性を素直に楽しませるのではなく、困らせて楽しむ。隣についた子に悪態つく客に近い感覚ですね。
そして今日も勘違いされる私
今日もわたしは、そんなおやじ達のギャグに出会うと勝手に深堀りし、つい笑ってしまいます。第三者から見たらきっと「おやじギャグが好きな人」うつる事でしょう。